月夜の砂漠、臥した竜の骸、その背の上でホットドリンクきゅっと一杯。
 ああ、勿論トゲに触らないよう注意して。

 ジブは地中でお休み中。私のガンスにゃ大きなくぼみ。
 ……やっぱ横で殴りつけるもんじゃないねぇ。暴発してたら……おー怖。
 押さえつけられそうになったときは流石にビビったけどよ。

 あー、あったな、なんかあったな、こういうの。
「どうだ、参ったか? がぉー」
 ――止めろよ。
 ……アイツ、その時ばかりは本気で嫌そうな面してたっけ。
 死体で遊ぶなだっけ? 命で遊ぶなだっけ?

「ふふ……」
 子供の笑い声のたび、不自然なまばたきをすることに気付いた。
 アイツにもあった、期間を思えば決して小さいとは言えないトラウマ。
 なんの事はない、その頃の自分を重ねてただけ。
 ああ……今になって気付く、今になって解る。
 結局人は、自らの経験の外には出られないと。
 それでも理解したフリが出来るのは、欠片の組み合わせ、足し引きと掛け割りに過ぎないと。
 図書館の常連だったアイツなら、さぞ多くの疑似経験を積んでたろう。
 他人事を、本の中の事を、我が事はのように思えたなら、それもきっとと……。

「フ、ふふふ……」
 ……私は、何をしているの?

 アイツにすがって、アイツの真似事をして。
 そんなの、全部嘘っぱちな癖に。
 違う、違う、こんなの、こんなの私じゃない。
 私、見てたじゃないか……アイツの一挙一動。
 何時、どう動いても良いよう、あんな、ベッドの上でも。
 だから、あのまばたきに気付いたんじゃないか……。
 アイツを、敵を見るのと同じ目で見てたからじゃないか。

「アハ……アッハハハハハハハっ!!」

 アイツだけは大丈夫って、そう思い込んで凌ごうとしてただけ。
 気休めだって、あんなにあっさり、証明されたじゃんかよ……。
「あは、あはは……あ゛ぁ……あ゛は……あぁ……」
 覚えている……。
 最初にアニキを突き飛ばした時。薬が切れたとき。
 アイツの狩りに会わせたペースがずれて薬が切れて……その後の、アイツの顔っ!
 喉が震える、声が震える、月が、揺らぐ……。

 恋心が何、血の繋がりが何?
 あの時私は、何をしようとした?
「……せ……」
 あの時の私を思うたび、意思の力の限界を知る。
 あのアニキの頬の傷は何?
 あの時のアイツの目は何?
「ぁえ……ぇ……」
 ナイフが肉を滑る感触、ドアを掻いてひび割れた爪。
 どんなに言い聞かせても震える手。どんなに言い聞かせても理解しない頭。

 痛いよ。苦しいよ。辛いよ。切ないよ。虚しいよ。
 死んじゃおうかな、死んじゃおうかな。
 目の前は毒の針山、倒れ込めたら逝けるかな、逝けるかな。ねぇ?

「ぁだしを、ぁえせええええええぇぇえぇぇー―――……っ!」
 それでも……生きたいよ……。


   ――――From The Past』―――
            芽吹く者


 ……時間は、あの子を病院に送った頃まで遡る。

 一応、診察には私とジブも同行した。
 ま、信用してる先生だからっつーか……。
「幻肢痛、てヤツだニャ」
 ネコなんだよな。マスカットカラーの毛並みに、白衣着た。
 ネコ毛とアレルギー対策の香水もマスカットの香りだったり。
 ラファエル先生が来た頃は、まだネコの賃金安かったらしい。
 それでも腕は良いから、良い買い物って奴?

「幻、肢……?」
「体から離れても、頭が覚えてる事があるんだニャ」
 もっとも詳しい原因は目下研究中。
 先生の話も、一つの説に過ぎないと言う。
「ま、早い話が脳ミソの勘違いニャ」
 そう言って部屋の奥から取り出したのはでかい鏡と箱。
 欠けた足をつっこんで鏡の前に出る。
 そんで無事な足を動かすと、元の足はもう痛くないと脳が勘違いする。
 目には目をって事だ。
「手だてはいくつかあるから本人の納得する方法を一個一個探してくニャ」

 あの子……ああ、名前聞き忘れた。
 とにもかくにも、カウンセリングと色々ある対処法は先生に任せる事に。
 鍛冶屋にガンスを預けると、小市場の方の人だかりが消えつつあった。
 それを眺めていると、客らしい子供が、黄色い何かに顎を乗っけてご満悦。
 遠目でも、ぶにぶにとして、ちょっと気持ちよさそうで……。
 人がいなくなった頃に、私もついつい……。

「それ、何?」
「え……あ、ああ、りっちゃんか」
 マルドが傷心、下手すると気の触れた妹を連れ帰って来たと言う話は意外と早く広まった。
 決して悪く言われるわけでは無いけど、その僅かな緊張はちょっと来るものがある。
 気を使わせてる……使って貰ってると思えばまぁ何とか。
 その……何とか、誤魔化せるぐらいに……。

 危惧していた干渉は、アニキと暮らしていた頃はアニキが壁になってくれた。
 一人暮らしを始める時……私は一日の大半を狩り場で過ごすことにしていた。
 意外なほどスムーズに、声をかけづらいお嬢さんの地位を獲得できた。

「ジオの港で仕入れた海竜の皮だよ」
「海竜?」
「名の通りさ、なんでかこの大陸には上がって来ないけどね」
 大きさは子供の腕ほど。
 見本と書かれた黄色っぽい皮は、スポンジみたいにふかふかしてた。
 ただ、その表面はうっすら湿っている感じがしたが。

「試してみるかい?」
 水差しが渡された。
 まぁ、トトスの鱗も濡れると硬くなるっつーしな 。
 言われるままに水をとぽとぽかけると、心なしかぷくぅっと膨らんで……。

「お、おおっ?」
 すっげプニプニになった!
 なんつーの? きゅっと締まってて、ぷにっとしてて、程好く固くて、まるで……。
「なぁ、コレいくら!?」
「一枚一万」
「はぁ!?」
 ちょ、ちょっと待て。 レウスレイアの紅玉だって、アイツに見せて貰った古龍のだってそんなしねぇぞ!?
「輸入品なんてそんなもんだ」
「……売れなかっただろ?」
「大丈夫、売れ残ったら俺が使う」
 ああ、そもそも売る気が無かったか。
 食い下がったら半値まで下がったけど、制作費もある。
 あー……ガンスついでに装飾品も頼んでるんだった。間違いなく足が出る。

 ……何でこの時、狩った得物丸ごと換金とか考えたかね自分。

 夜の砂漠、冷たい空気、ふくらみかけた蒼い月。
 岩場の影にキャンプを立てたは良いが……。
「採集だけして帰るわけ、いかないよなぁ……」
「あの子、大きく手を振ってましたニャア」
「いっそ、卵でも盗……」
「レイアは砂漠に営巣しませんニャ」
「だよな……」
 砂漠に来るレイアは大抵が餌探し。
 餌場を決めたのが先か、商業ルートが敷かれたのが先か。
 どちらにせよ、そこに旨そうなアプケロス通れば何するかって話だ。

「ま、試してみたい事はもう一個あったしな」
 地図は要らない、少しばかりの深呼吸。
 槍のグリップ付近に埋められた千里珠を意識する。
 私やジブ含めてざわつく雑多な気配の中に、一際大きな影が一つ。
 私に解るのは位置と方角。
 地図に目を通せばそいつの感覚から居場所が解る。
 両手に風を受けるような感覚、相手が古龍なら、どう感じるのだろうか。
 アイツも……こんな感覚を視てたんだろうか。
「近くに降りてくるな、迎え撃つよ」
「はいニャ〜」
 んで、キャンプ飛び出してみたら……さっき竜車じゃんかよ!

「ジブ、あっち頼むわ!」
「あいあいにゃー!」
 砂丘の下、逃げる竜車、レイアが振り向くまで、穂先が届くまで後二秒。
 中折れ式の槍を振りの勢いだけでセットする、重さのまま踏み込んで……。
「そぉらぁっ!!」
 勢いの乗った槍がのんきに振り向いた顔面へ。
 仰け反って怯もうが容赦なしっ!

 早速の大音響、盾の向こうで空気が震える。
 横に飛んだ先を掠める炎、次弾を撃とうと仰け反る首。
 喉の奥で三発目の準備をしているコイツ、スキだらけじゃん。
「先制点、いただくよ」
 開幕十秒足らず、竜撃砲がその目を抉る。
 後ずさる、盾を構える、衝撃は……一回、二回……。
「おらよっ!!」
 やたら逃げ回るカニで散々練習した成果かな。

 ……竜が臥すのに、それほど時間はかからなかった。

 義足はが出来たのはその翌々日、意外と早かった。
 鍛冶屋の裏手、主に素振りとかをする芝生。
 あの子が猫の手の杖付きながら歩いている。
 ……緑色の義足。切断部分を覆うソケットってのと、関節と骨組みだけ。
 ごくごくシンプルな練習用の義足。素材も制作費も全部私持ちだ。
「で、わざわざかニャ」
「鏡は所詮鏡だけど、手の感覚ってのは事実だから」
 さぁこれでと思ったら、最初練習用で慣れさせてそっから本義足だと。
 せっかく作ったのにぷにぷに専用かよ、めんどくさいったらねぇ。

 海竜の皮は、結局丸のままプレゼント。
 寝る前とかに足の先にすっぽりはめてさするんだって。
 アレだ、痺れた足さすると、自分の手か足か感触がよくわからなくなる奴。
「まぁ確かにあのさわり心地は……ちょっと触らせてもらって良いかニャー?」
「却下」
 畜生、何でこの村こんなに変態が多いんだ。

 ……より人の足に近い義足には、もうちょい金と素材と練習が要る。
 あの子の親には遠慮されたけど、こっちから頼み込んだ。
 何者でもない、自分の為だと。
 けれど理由に真実を話せるはずも無く……欠けた指で誤魔化した。
 実際両手で支えるような武器は、もう持てないし。

 草の上に何か伏せる音がした。あの子がまた苦しんでいた。幻痛か……。
 まぁ、そう簡単に治ったら……いやいや、治るに越したことはない。
 うん、その後義足の素材にでも使えばいいよ。
 弾力有るし、乾いた状態なら軽いし、うん。

 この子に笑って欲しいのは、自分の痛みを重ねているから?
 それとも……アイツが助けた子だから?

 ……その日の、夜、満月の綺麗な真夜中、森の広場。

「ご主人、何をしにいきますニャ?」
「ん、ちょっとな」
 引っ張り出したのは使わずにいたバトルSグリーヴの膝下部分。
 あの子が無くしたのは、もうちょっと下の部分だったんだけどね。
「どういうもんなのかなぁって……」
「義足とは勝手が違うと思いますニャ」
「解ってるよ」
 好奇心が半分、気持ちがわかればと言うのが半分。
 流石に見られたら気まずいから、真夜中。

 森の中でも砂漠に近い、砂のある広場でこっそりと。
 ちなみに他にも砂袋と杖とを用意しておりまして……。
「ジブ〜、ちょっと足の重さ計ってみてくんね〜?」
「むぎゅっ」
 と、脳天に足セット。
 その後砂袋に砂を詰めていき、具足に入れてー。

「こんなもん?」
「軽いですニャ」
「このぐらい?」
「まだまだですニャ」
「これでどうだっ!!」
「ニャーっ!? 潰れるニャーッ!!」
 などと試行錯誤しながらたっぷり十分かけて丁度良い重さにたどり着く。
 と言っても、あくまでジブの申告なんだけどね。
「……重いな」
「そんなもんですニャ」
 その砂袋を具足に詰めて、足曲げて膝乗っけてってやろうかとか思ってた。
 重い。ずっしり重い。流石に10キロは無いと思うが結構重い。
「……コイツを、持ち上げたり引っ張って歩かなきゃいけないんだ」
 血の通わぬ義足は、きっとさぞかし重いんだろう。
 どれ程軽く作られたとしても、持ち上げてる感覚はきっと生身と違う。
 ただでさえ、痛みと闘わなきゃいけないだろうに。

 さぁ歩いて見ようかと言うときに、草むらの影からごそごそと……。
「その状態で転んだら悲惨ニャよ」
 緑の毛並みに、いつもの白衣……。
「ネコ先生、こんな夜更けに何してんだよ……」
「ネコは元々夜行性ニャ」
 何か気が抜けちゃって、適当な木にごろっとダベり。

 森の中から、青い月が丁度見える。
「幻肢痛って、果たして体だけの物かニャア?」
「だとしたら、何処に義肢を付けりゃいいんだい?」
「せめて杖ぐらい」
 杖は……。
「アイツか……」
 元気な姿を容易に想像できた、あの、声……。

「会いに行かれたらどうですニャ?」
「……出来ないよ。今会ったら、アイツそのものを杖にしちまう」
 それじゃあダメ。
 アイツ本人に負担をかけてしまう。
「それにアイツ、ナイトだよ。足引っ張れねぇよ」
「そのナイツ入りは、誰の為でしょうニャア?」
「やっぱ、私のせいか……」
「ため、と言ってあげなさいニャ」
 同じ様な人を出さない為なんてそもそもアイツらしいし……。
 もし、同じ様な連中を根絶やしにするためと言うなら……。
「……私は、賞金稼ぎにでもなっちまおうかね……」
「ニャ?」

 ああでも、そういったゲス共仕留めて金貰う仕事あるんだよなぁ。
 ハイリスクなんだろうけど。
 仕留めて、仕留めて、それこそナイツが手を焼くぐらい派手に暴れて。
 あまりのザックザク具合にアイアンメイデンとか呼ばれたりして。
 て、もうメイデンじゃねぇよ私。
 アイツはつっこむかなー気付いて気まずい顔とかしたりするかなー。
 つか暴れ過ぎて肩叩いてきたナイツがあいつだったら夢じゃね、マジで。
 肌身離さずつけていたリングの首飾り、輪っかの中に月を納めてみたりして。

「あの……ご主人……」
「トリップ中は触らぬが吉ニャ」

 ああ、私はまだ……恋をしている。