フラヒヤ山脈の麓、雪の積もった岩棚にて。
「どえええええええええええっ!!」
「ニャアアアアアアアアアアッ!!」
「ギャアアアアアアアアアッ!!」

 そこを逃げ惑う三つの影。
 一人は黒髪ナデシコ女の子。
 一人、あるいは一匹はもふもふ黒猫。
 一匹は白くて剛毛ブランゴ君、さんかもしれない。

 狩る者と狩られる者。
 どちらがどちらかはおいといて、三者が足を並べ走るには訳がある。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 黄色に蒼の縞模様。翼はあれどそれは逞しい両腕。角張った顔。
 そこに申し訳程度の愛嬌を添える小さなとんがり耳。
 それが牙を剥き吼え猛り、鬼の形相で追いすがる、すがる、すがる。

 共通の脅威を認識したとき、生存本能は結構いろんな垣根を越える。

 敵の敵は味方。けれど互いに対抗する術など持っておらず。
 人は野生の力に頼り、野生は人の知に頼る。
 間違ってはいない。
 間違ってはいないが、いかんせん絶対値の問題とでも言うべきか。
 追い付かれそうになったら真横に抜ける、その程度である。
 走った、走った。追い付かれたら命は無い。
 走って、走って、もう方向転換など出来そうも無い。
 そんな時見つけた岩壁の穴。
  二人と一匹、あるいは一人と二匹。
 たまらずその穴に飛び込んだ。


   ――――『雪山の龍姫』―――
          黄色と青と

 そのちょっと前。フラヒヤ山脈の麓、ポッケ村。
 ……の、そのまた下に広がる農場。

 直した水車は支えだけ折れて車輪が元の形のまま水面に。
 耕した畝は足跡だらけ、まぁ、生やすモノ生やしてくれてるので結果オーライ。
 虫の飛び交っていたはずの茂みがちょっと無惨な刈り込み具合。

「この光景も、随分と久しぶりだのぅ……」
 そんな荒れ果てた畑を前に、呆然とする娘が一人。

 彼女が腰に纏うは白いプレートスカート。
 鋼に緑の鱗があしらわれた雌火竜の鎧。
 左腕を守るは、大きなヒレが盾のように拡がる砂竜の籠手。
 被るは赤地に白いラインの入った日差しの兜。
 後頭部両サイドから伸びる長い羽根飾りの下、揺れる緑の髪。

 背負うは一見すればごくシンプルな和弓。
 されどそれは、高密度に圧縮された、巨龍ラオシャンロンの甲殻。
 破龍の力を宿したその名は国崩。

「せっかく、色々修理したのにニャア……」
 その足元に緑の鎧。レモン色の手足をした茶色ネコ。
「んー……物的損害より考える事があるっしょー。ジミーさんどうしたよ?」
「それが、ニャア」
 おずおず答えるのは緑の縮れ毛。真新しい縮れ具合は何があったか悟るに十分。
「オイラも爆弾投げて頑張ったんニャけど、丁度ジミーさん食事中で」
 それは、本当に良く焼けたこんがり肉だったと言う。
 この惨事の犯人であろう闖入者が、捨て置かぬほどの。
「追いつ追われつ、マイラちゃん達のいる雪山へってわけかい」

 そして今話題に上っているのは、この場に居ない農場の管理人。
「地味ーにしてればいいのにニャー」
「血霞になっちまう前に、拾いに行くのがスジですかニャ」
 名を、ジミー=ミストと言う。

「遭難者三名にこの被害……それに何より……」
 そして彼女……リィが睨み据えるのは農場を見下ろすような岩壁。
 そこに刻まれたのは、恐らくは鋭利な三本爪の跡。
「バカが勘違いする前に、シメてやる必要があるらしい」
 その更に上、空を覆い隠すような雲は暗く、深く。

 その雲の向こう側にて……。

 狭い穴、入り口一つ。
 そこからニョキッと生える、竜の腕。
 翼の名残が無ければ穴の中引っ掻き回され、それは無惨な事になっていただろう。
 その鋭い爪が遠慮がちなのは、これ以上奥へ入れれば抜けなくなると、解るが故か。
 穴の奥で祈り、震える娘。
 隣に黒い毛玉がいても、寒いものは寒いのか。

 ――つい先刻、この腕が穴に入り込む前、外で大きな戦闘があった。
 大きな生き物と大きな生き物の戦い。
 多分、一緒に逃げ込んだブランゴの上に立ってたリーダー。
 少しだけ期待していた。
 もしかしたなら、逃げ出すスキぐらいあるのではないかと。
 現に、横にいるブランゴ君はそのつもりでいたし。

 けれど、世の中は、自然はそんなに甘くなかった。
 待てども待てども、聞こえてくるのは竜の声と殴打の音。
 待てども待てども、それはちっとも遠退かない。

 それはもしからしたら数分だったかも知れない。
 数十秒だたかもしれない。ただ……。
「ギュエッ!!」
 一際痛そうな悲鳴、遠くとも解る、咀嚼の音。
 嫌な予感がした。悪い予感がした。脳裏にあの竜の食事の光景が浮かぶ。
 それはただの想像だと、打ち消してしまいたくて……外へ出ようと、一歩。
 けれどもソレより先に、飛び出す白い影が一つ。
「ガァッ!!」
 一緒に震えていたブランゴ君。マイラを押しのけ穴の外。

「キャゥっ!」
 痛々しい悲鳴が聞こえてきたのはすぐだった。
 咀嚼の音が聞こえてきたのもすぐだった。外は吹雪いていなかった。
 だから、ぐちゃり、くちゃり、ぞぶっ、こきっ、ばりっ、ぐちゃ。
 ……ばきっ、くちゃ、くちゃ、くちゃ、ぼり、ぼり、ぼり。

 最後の、くちゅくちゅとか、ぼりぼりとか、そんな音が、一歩、また一歩。
 何故近づいてくるのかは、解る。
 口の中でぐちゃぐちゃとしながら、一歩、一歩。
「ひ……ぃ……」

 それから今に至るまで、竜の腕はずっと穴の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
 レベたんが後ろから引っ張ってくれなかったら、今頃、鋭い爪が胸をさっくり。
 引っ張り出すためにほじくり出されて挽肉に、ああ、下手をしたら頭と体が先に泣き別れ。
 その爪はべっとり赤く、けれども赤くない何かも絡まって。
「いっ……いゃ……」
 助けてと思う。助けてと願う。
 頭に思い描くのは蒼い髪のあの人。来られるはずの無い人。
 ……もっとも、「禁じ手」を使うなら話は別だが。

 助けに来てほしいのは本当。
 けれど、ついうっかり考えてしまった。
 もし自分が死んだら、彼は哀しんでくれるだろうかと。
 我を忘れてしまったりするほどと願い、そして打ち消す。
 生きることを考えようと。
 あの人は深く哀しめないなら、それすら嘆いてしまうような人だから。

 穴の中は狭い。
 ハンマーを振り上げるのはちょっと無理?
 けれど、三人入れるのだ、横には十分。
 鋭い爪は鋭い故に、少し薄く見えた。
 その爪より薄く、少女の口の端が上がる。
「ウフ……ウフフフフフ……」
 窮鼠猫を噛む。
 入り口の竜がそんな言葉を知るはずも無く……。

 さて、所変わって雪山の麓。
 風に乗り、微かに届く竜の声。

「おー……流石轟竜ってか」
 そこに立つのは緑髪の弓術師。後ろに並び立つのはネコ三名。
「さて……解っているとは思うけど……」
 一人、もしくは一匹。茶色い毛並みにレモンの手足。
 着込んでいるのは、緑の兜にどんぐり色の胴鎧。
「ダインは私と。いつも通りだね」
「はいニャ」

 一人、もしくは一匹。方や柔らかそうな薄茶色。
 着込んでいるのはアイルー用の防寒具。
 頭巾と首回りのファーだけで、どれ程の効果がと聞いてはいけない。
 もう一人、もしくは以下略。腰にポーチだけ下げた太っちょ濃紺。
「バレル達はマイラたん達の捜索依頼でここに来たことになっとるからの」
「アイアイニャー」
「あい」
 つまりは、彼女らが同じ狩り場に居合わせたのは偶然。
 たまたま居合わせた者達がたまたま共闘したとて、誰が咎めるで無し。

「さぁて、獲物は何処におりますかいなと」
 まだ緑の繁る麓の湖畔、岩壁の段をよじ登り氷の穴へ。
 大きな吹き抜けのあるそこを抜ける、景色は何時も通りの白銀。
 足下に広がる雪、視界の向こうに連なるフラヒヤの峰。
 ただ一つ、違うとすれば……。
「古龍が出たわけでもあるまいに」
 そこが、足跡で生じる影さえ無いほど真っ白だったと言う事か。

 一刻を争いはしたが、準備は万全に万全を重ねた。
 彼方の気配を探るほどに感覚を研ぎ澄ませる千里眼の薬もある。
 けれども、まだ使わない。
 ここで仕留めるつもりでいるから。
 あの村と農場はお前の縄張りではないと、教え込む必要があったから。
 けれど、ソレより先に犠牲が出るようなら悠長な選択肢は斬り捨てる。
「つーか、アレだ。マイラたん喰われてみぃ。ディとジャッシュのおっちゃん発狂するわ」

 一面の白、リィはその僅かな変化さえ見逃さんとする。
 そんな彼女の鎧を、ツンツンつっつく肉球が。
「ご主人、あっちっ側から音がしないかニャ」
「はいな?」
 と、ダインが指差す先は目前に思えた頂を挟んで向こう側。
 そこの細道を抜ければ、容易に着ける場所。
 岩壁に挟まれた細道、抜ければ拡がる景色は連なる峰から青空に。

 そして……。
「いたニャ……」
「いたけれども、のぅ……」
 見間違えようも無い黄色と青のストライプ。
 轟竜と名のついたティがレックス。
 それが右腕の先、痛々しく折れた爪の付け根をぺるぺると。
 角張った顔からちょろりと舌が……。
「グル?」
 この轟竜、自分でもちょっと可愛いと思ってたらしい。
 ギャラリーに気付いたその瞬間、止まる風、止まる空気、止まる世界。

「ウ……グルル……ガアアアアーッ!!」

 こうなってはご自慢の咆哮も言い訳のようにしか聞こえない。
 雪を踏みしめ、牙をむき出しにしても今ひとつ。
 狩人二人、あるいは一人と一匹、気圧されることなく悠々と。
「へいへい。恥ずかしいと思うんならとっと帰りやがんなさいっての」
「威厳ないですニャア……と、油断は禁物ですニャ」
 それでも、得物を構えればそれはもう狩人の目。
 捕食者にならんと挑む狩人の目。
 対する竜とて唸り、駆ける。易々と狩られてやる気など毛頭無い。

 その時二人は気付く。
 自分たちの左右に聳える岩壁に。
 つまり、避けるスペースが無い。

「ててててて撤収ーっ!!」
「ニャーッ!!」
 迫る牙、抉られる雪。とって返す狩人二人、あるいは一人と一匹。
 不幸中の幸いと言えば、来た道の岩壁は幅が狭い事。
 竜の爪はリィのレギンスの踵を軽く引っ掻いて突っかかるに終わる。

 振り向き様、矢を抜き放ち弓につがえる。
 竜の凶悪な面が岩壁とその太い腕に挟まれ醜態を晒すを認め。
 その爪が欠けていなければ切り裂かれていたを認め。
 その腕が充血し、血走るような模様が浮かび上がっているを認め。
 そして弓を引き絞る己の指先と鏃に黒い光が細かく爆ぜるを認め。

 指を離す。矢が飛ぶ。風を切る。
 ばらけて飛んだ右の二本が竜の折れた爪を掠める。
 残る、もっとも力のかかった一本を含む三本が黒く爆ぜる。
 竜の顔に突き立つ。

 たまらず岩の隙間から抜け出した竜が飛び上がる直前、睨む。
 生かして帰さぬと。その臓腑の欠片まで裂いてくれると言わんばかり。
「……そら来た」
 射貫くような殺意にと悪意に、彼女は薄く笑って答えた。
 一人と一匹の頭上を通り過ぎる影。矢をつがえた弓がキリリと鳴る。
 落ちてきた質量が雪を舞い上げる。

 後は両者、吠える間も無く雪を蹴る。
 突き進む竜、弧を描く狩人。
 踏み込み振り上げた腕の下を潜り抜け、巨体に比べ脆弱な下半身で黒が爆ぜる。
 竜が雪を踏み、とって返そうとする先に彼女の姿は無い。
 力のままに踏み込む先、崖、断崖絶壁。
 されど竜とて落ちてやるほど愚かでは無い。
 雪を踏みしめ、寸での所で踏みとどまった体を、その後ろ足を無情に貫く一矢。
 その巨体と、それを支える仕組みの命に届かずとも、激痛を与えるには十分な一矢。
 黒く爆ぜ、悶え、踏み外すも踏みとどまる。
 ちらりと後ろを見れば、既に弓を納めた狩人の姿。

「効果は今一つ、か……」
 竜はその呟きの意味を知らない。
 武器による動きの阻害などは無縁。
 だから竜はそれを油断、あるいは嘲りと受け取った。
「グ……グル……ガアアアアッ!」
 竜の戦う術は決まっている、踏み砕き、凪ぎ払い、噛み砕く。
 これまでもそうして来たし、これからも。
 強いて他があるとすれば、飛礫を小煩い蠅共にぶつけてやるぐらいで。

「うぉっとぉっ!?」
 リィにとって予想外の行動、けれど咄嗟に伏せて難を逃れる。
 その知識はあった。この竜が飛礫を使う事は。
 けれども、彼等は力を重んじると思っていたから。
「それともそんな事に拘るのは、人間だけかい?」
 少し立ち回りを変えよう。

 立ち上がる際、背中の矢筒がシャラと鳴る。
 合わせたように駆ける竜。
 油断無く見据えるリィは、けれどその場を動かない。
 動くのは勢いが乗り、舵が利かなくなった時。
 ポーチから取り出したのは黄色の瓶の連なるベルト。
 けれどまだ使わない。まだ全神経は回避にのみ。

 突き進む竜は気付いていない。
 彼女の傍ら、小さな生き物の姿が消えてた事に。

 彼女が叫んだのは、その直前だった。
「ダイン!!」
「あいニャー!!」
 竜の体を「何か」が駆け抜け動きを封じたのはその一拍は後。
 その間にネコは火薬の詰まった樽を取りだし、リィは矢筒の入口にベルトをかける。
 抜き出し際に瓶を裂き麻痺毒を纏って龍殺しの力を失う矢。
 それが竜の鼻先に並べられた樽を撃ち抜き、爆ぜる風さえ抜けて竜に至る。

「いっくよぉーっ」
「あいあいニャーっ!!」
 弾け飛ぶ矢はけれど、過たず竜の右頬を射抜く。
 その影からはダインが爆破の余韻引かぬ左側を、樽を模したハンマーで殴打する。
 その中を満たしているのは、やはり麻痺毒だ。

 けれど、動けぬまま猟矢の暴風と殴打に晒された竜の目に失意は無い。
 見えぬ枷を引き千切ろうとする執念と、屈辱に対する憎悪。
 その目は、動けぬ今とて確実に狩人を射抜いている。

 ソイツは信じていたから。
 今までも、そしてこれからも自分は絶対強者であり続けると。
 ささやかな失態など、気にも掛けていなかったから。
 屈辱の記憶は、何かを蹂躙する事で埋めて来た。

 それは例えば、今鼻先で矢を射かけ続ける小さな生き物とか。

 けれども縛めが解けた時、彼女は既に視界の外。
 その時を待っていたとばかり喰らいつくも、僅かに舞う雪を噛むばかり。
 そして降り注ぐ矢に塗られた麻痺毒が次の縛め。

 ……彼女とて、ただ安穏と再戦の時を待っていたのわけは無い。

 腕を磨き、竜の習性を記した書を取り寄せ、それたった一度の邂逅と重ね合わせ。
 高級耳栓のスキルは十分な防御が得られぬと諦めた。
 しかし、アイテムボックスから各種の瓶が尽きた事は無い。
 一度受けた借はきっちり返す。
 それが、彼女の信念だったから。

「油断するんじゃないよっ」
「わかってますニャっ」
 リィは考える、瓶と罠の総量、立て続けに浴びせる矢の当たりを。
 優位に立てるのは恐らく僅の間。
 至近距離は咆哮が怖い、しかし長々と遠当てはさせてはくれまい。
 そして何より、この場で逃がしてやる気は毛頭無い。

 リィは考える。駆けずり回られるのと、爪牙を振るわれるのはどちらが厄介か。
 どちらが、相方へその危機をいち早く伝えられるか。
 麻痺が解ける、縛めが消える。

「来た……っ!!」
 竜の反応は早かった。
 麻痺がとけるや否や標的になったのはダイン。
 麻痺の時間は前もって知っていた。
 早く途切れるとも遅く途切れるとも読んでいた。

 横から飛び出した弓に引っかけられてひょいっと空へ。
 竜の鼻先が弓を掠める。

 リィの体勢が僅かに崩れ、太い腕が矢筒に当たる。
 雪に膝を付いたとき、ちらりと見た竜の腕。
 赤い筋、血走ったような赤い筋が浮かんでいた。
 竜の皮膜の下、雪を転がり外に抜ける。
 それを今更探して翼の下を覗き込む竜が少し、滑稽だ。
「頭に血を上らせるのは、感心しせんのぅ……」
 矢をつがえる、その口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

 黒く爆ぜる光を微かに帯びて、竜の顔に一矢突き立った。

 ……その頃、救助の名目で雪山に入ったバレル達。
 別行動と言いつつ実はリィから付かず離れず。
 けれどそのお陰で、直ぐにマイラ達の居る穴蔵へ。
 探り当てられた理由は実に簡単。
「ニャ……ニャア……」
「大丈夫、ですよ……傷は、もう塞がってますから」
 その穴蔵から、血の臭いがしたから。
 肩を真っ赤に濡らしたマイラと、おろおろレベたん。
 フルフルの笛は、回復の旋律を奏でられない。
 幸い、命に到る程では無かったのだけれども。
「顔色悪いニャー……ホットドリンク飲んで無いのにぬくいニャ……」

 爪を研ぐ生き物はいても、わざわざ洗浄する奴はいない。
 ましてや、そいつは直前食事をしていた訳で。
 ついでに言えば、バレルも外で無惨な事になってるドドブラ見てちょっと吐いたし。
「ちょっと、やばいの貰っちゃったかも知れないニャア」
 罠やら笛やら揃える芸人バレル、解毒笛も勿論常備。

 けれども……。
「その笛……リィさんの所まで届きますか?」
「もちろんばっちりニャー」
「だったら……ダメですね……」
「ニャア?」
「下手に心配かけて、手元がぶれたら大変です」
 もし彼女に何かあったら、彼が、きっと苦しむと思うから。
 だから、少しぐらい我慢しても良いと思っていたのだけれど……。
 バレルとマイラの間に割って入った太っちょ、さらりと言った。
「心配だったらかけ通しなのニャ。コレ飲んどくニャ」
 そして差し出されたのは、膨らんだお腹が腐ったミカンのようになった苦虫で。

 余りの苦さに絶叫しそうになったのは、また別の話。