雪山よりはるか距離を隔てた砂の海。
 横たわる骸は黄色の竜。傍らに立つのは騎士の蒼装束。
 羽帽子の下、蒼髪の隙間から紫眼が睨む先に黒があった。

 広くて先の尖った鍔の黒い羽帽子、銀縁に黒の燕尾服。
 お陰様で口に咥えるサンドイッチがよく見える。
 新人の研修に(本人曰くお忍びで)やって来たナイツ筆頭。
「……ふむ、終わるまでには……もぐ。食べ終わると思ってたんだがな」
 蒼装束の少年は答えない。
 本当に危ないと思うまで、加勢など期待薄だったから。

 少年は無駄話をしたい気分ではなく、筆頭を横切ろうとして肩を掴まれる。
「これでも筆頭なんで、目測には自信があった。説明してみろ」
「……何の意味が?」
「お前自身の把握だ。勘とて理解の累積、何となくでは困る」
 筆頭は、ごく真面目に聞いてきた。
 どこまでも研修か、その不満を飲み込み少年は答える。
「骨格、外観、動きの癖は情報は揃っていました」
 足は速く進ませろと言う。けれど肩を捉える力は緩まない。
「後は、個体ごとの癖と動きを視て」
「そう、か」
 肩に掛かる力が緩んだ途端、早足で駆けて行く少年。

 その後ろ姿を見つめて、筆頭はぽつりと呟いた。
「……60点」
 10点は、急ぎ故のおざなりな説明に。心境を酌んでやる気はない。
 もう10点は、5分以上前から後ろに居た自分に気付かなかった事。
 そして20点は、竜と深く呼吸を合わせてた事への言及が無かった事。

「……それとも、無意識か?」
 はぎ取りナイフでは得られぬ物に、本人が気付いていなかった事。


   ――――『雪山の主は』―――
          勝者の報酬

「リィさぁーっん!!」
 ……風の吹き荒ぶ雪山、響き渡る慟哭。
 泣きながら雪の中へ飛び込もうとする黒髪の娘。
 それを必死に引き留める男と、出来てしまったなだらかな坂を降りるネコ達。

 娘の嘆く声は、山頂に座す彼の元にも届いた。
 彼は女の、特に少女泣く声が嫌いだ。
 足下のブランゴ君、背を自分の肘に預けたまま上目遣い。
 良いさ行け行け好きにしろと思ったが……。
 あの煩いのを、あの強大なのを、下して見せた狩人だ。
 人が龍の醜美を知るように、彼も人の醜美を知る。
 微かに、鉱石の匂いさえかぎ分ける鼻を付く血錆の臭い。
 狩人ともなれば鍛え上げられ、女性ともなれば意識でもするのかその均整もまた。
 それが無惨な挽き肉となっているかもしれぬのは、やはり心苦しい。
 晒すとも、眠らせるやるとも決めあぐねていた彼。
 ただ、人が黙祷でもするかのように瞳を閉じ……。
 けれど、その目は直ぐに開かれた。

 その瞳の先、崩れ落ちた雪がこんもり積もったその麓……。
「リィさん、リィさぁん……」
 掻けど掻けども崩れて落ちる白雪を掻き続ける黒髪の娘。
 雪の量が少なく、場所も場所、二次災害への危惧は無いと判じられたが……。
「私、私、ディ君に何で言ったら……言ったらぁ……」
 自然と言う絶対的な力に、いかなる思いもぶつける事が出来ず。
 ただただ雪を掻き続ける姿は、痛ましい以外の何者でもなく。

 それ故だろうか。
 彼等の背後に、一匹、いや、二頭の珍客に気づかなかったのは。

「ニャア……?」
 最初にレベが気付いたのは幸いだった。
「ウホッ」
「ニャッ無事だったのニャ!!」
 でなければ、竜に叩き落とされたその子はまた叩き落とされていただろうから。
 けれど、その後ろに立つ黒鋼の龍に先に気づいたなら話は違ったかも知れない。
「お……御大ニャアーッ!?」
 彼等の足取りはあまりに静か過ぎて、レベが叫んで皆、やっと。

 誰もが、それ以上何も言えなかった。
 山の神と称される龍が、一匹のブランゴを促し娘を退かせる。
 抱き抱えられたまま泣きじゃくる娘の前を横切り雪の前。
 暫しの沈黙の後……。

 ヒュオッ!!

 鋭い爪の一閃、けれど傍目にはネコパンチ。
 張り詰めるような空気は変わらぬまま……。

 ズッ……サァー……。

 積み上がった雪だけが流れ、崩れ、落ちて行く。
 誰も立っていない崖下の方へ、黄色い竜の埋もれている上だけ、綺麗に。

 誰もが息を飲んだ。
 手際からではない。
 そこにあった、凄惨極まる光景に。
 恐らくは衝撃で転がされただろう竜の腹。
 真っ赤に染まったそこからはみ出す臓物の塊。
 胃も、腸も、肺も、一繋がりの臓腑が垂れ下がっていて……。

 それが、ゴポリと動く。

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」
「おち、おち、落ち着くである!! この有り様で生きているはずが無かろう!!」
 そう言ってネコートさんが指し示したのは、垂れ下がって、所々潰れた竜のモツ。
「……グゲ〜……」
 山神様、脱落。
 崖下に向かってゲーゲー。
 生憎ここにも下にも、古龍の吐瀉物を喜ぶような学者さんは居なかったが。
「……それでも神であるか」
「ま、まぁ、人が付けた呼称だしな……」
「御大、お背中擦りますニャ」
「グゥ……」
 マイラと言えば、未だしゃくりあげつつも何とか耐えていたが……。

「おまいら、な〜に勝手に騒いどるか」
 と、聞こえてくるのは聞き慣れた声。
 皆が何事かと耳を澄ませて聞こえた先は、あまり見たくない竜の腹。
 ボコボコと嫌な音を立てて這い出す、血と肉片にまみれた「何か」。
 それはさながら、臓腑が人の形を成して現れたようであり……。
「んー……奇跡の生還者に労いの言葉も無しかい?」
 呆然とする一同を前に姿を表したのは、血と何か良く解らない肉片にまみれた……。
 まぁ、この状況ではリィしかいない訳だが、その有り様は述べた通り。

 崖下に向かって吐いてた山神様は解っていた。
 人の血と竜の血、その臭いの違いを。
 解っては、いたのだけれど……。
「ゲェ〜……」
 あれだけ元気そうなら、自力で這い出させれば良かった。

 あの数秒で、彼女が何をやっていたかと聞けば……。
「いやー腹の下じゃだけ不安でのぅ」
 目についたのは、上半身に比べて脆弱な下半身。
 位置としてはちょうど鳩尾、鍛えようの無い場所とも言われている。
「どうせなら、その強固な筋肉と骨格に守って貰おうかなぁと……」
 幸いナイフはすんなり通り、中身を追い出し、この有り様。
「まぁ、結構ぎうぎうされたりヤバイかな思ったり……」
 良く見れば、割れた籠手に引っ掛かっているのは心臓の一部だったり……。
「時に、何故に皆雪玉を抱えているのかな?」
「リィさん……元気そうですね……」
「そらまぁ、喰らったら死んでたし、両極端な結果には……ぬこーとたん、その消臭玉はなんじゃい?」
「た・し・な・み・で・あ・るぅーっ!!」
「どぉーっ!?」

 ズドドドぼふぼふべっちゃんっ。

 雪玉と消臭玉が雨あられ、あっという間に埋もれたリィは……。
「ちょっ……いきなり何す……」

 ヒュッ、ぼっふん。

 山神様から、人間一人ひっくり返すのに十分な威力の風ブレスをデコに貰う。
 ダメージにして小石数個分。
 コレが彼の精一杯の威力だった事は黙っておいてあげよう。
 その後、いい具合に消臭玉の成分が含まれた雪融け水で、ドロドロだけは何とか脱出。

「ああそうだ、バカデカイ鳴き袋だけ確保しとったんだ」
「ああああ……せっかく落としたのに……」

 剥ぎ取りを始めた狩人をよそに、山神様とブランゴ君、呆れて家路、こっそりと。
 そして、狩人達は気付かなかった。
 討伐を知らせる狼煙を、沢山のブランゴ達が見守っていた事。
 竜の体を村まで運び出すのを、沢山のガウシカ達が見守っていた事。
 そして……山の頂に腰を下ろした山神様が、機嫌良さそうに喉を鳴らした事も。

 沈みかけた夕日、朱に染まる雪山、村、凱旋する狩人達。
 待っていたのは多くの出迎え。
 目立った被害こそ無かったものの、気が気で無かった人達。
 その人垣が開けて、ちょこんといるのはいつもの蓑をかぶった村長さん。
 傍らに立っているのは、黄色いメイド服を纏ったシャーリーさん。
「お帰り。その様子だと……」
「ほいよ。シメてきた」
 掲げた袋。中身は青と黄色のストライプの鱗が少々。
 残りの素材は荷車に。

 人混みをかき分けて出てくるのは嬉しそうなテッちゃん。
 村長の杖に足を引っかけすってんころりん。もちろんわざと。
「しかしまあ、随分盛大な出迎えだの」
 現にマイラとレベたん、視線が右へ左へうろうろと。
 それだけ大物ではあったけど、厄介者ではあったけど……。

 一行から飛び出したネコートさん、村長とおシャーリーさんの間にちょこんと立つ。
「狩猟成功の狼煙が上がったからね、頃合いだと思っていたのさ」
「ギルドカードを出すのである」
 言われるまま、差し出したギルドカード。
 黒っぽいギアノスの皮を表紙にリングで束ねられたカード。
 まずネコートさんに、そして村長に。
 中に何やら書き込まれてシャーリーさんに渡され……。

 パチン。

 簡単に外されるリング、するりと抜けるギアノス皮。
 代わりにはめられたのは、蒼い蒼いマカライト板で……。
「はい。コレであなたは今日から上位ハンターです」
「ほえ?」

 拍手。祝福。歓声。その中で、ぽつんと突っ立つハンター一人。

「アンタの実績とかね、コレまでの報告からアレ上位相当だそうでね」
「上位ハンターの資格は十分と判断した、と言うわけである」
「誤解の無いように言っておくと、こういった功績も公式の判断基準で、例外とかそういう事は無いからね」
「おー……」
 今まで通り、いつものように。難敵ではあり策も駆使した。
 けれど自身の変化そのものへ自覚は無く、ただ真新しいカードを見る。
「思えば……遠くに来たもんだ」
 部屋にこもり調合の練習に勤しんでいたのは何時の話か。

「さて、お祝いがてらもう一つ貰ってもらおうかね」
「ほぇ?」
 出てきたのは黄色いヘルメットに黄色いベストのお爺ちゃん。
 独特の耳は見えないけど縮んだ背と異様に細い足は竜人族か。
 その後ろ、同じ格好から耳と尻尾を覗かせたアイルーが荷台をゴロゴロ。
「トレジイつってね、宝探しを生業にしてるアタシの弟だよ」
「トレジャーハンターと言ってくれんかの? まぁ、祝いっちゅーか偶然と言うかの」
「これも何かの縁さ。受け取っておくれ」

 台車の中にあった物は、最初緑の宝石のようにも見えた。
 近くで見て、傾いた西日を照り返すそれがようやく袋詰めの苔と解ったが。
 もう一つは人の指ほどの枝の集まりがのように見えた。
「こいつは……ヤドリギか何かの類かい?」
 葉の色艶から得られる印象は苔と同様。枝もまた。
 解説役はトレジイとその一番弟子、トレニャーさんだ。

「形とか見るに、龍苔と龍木と思うのニャ」
「うむ。出先での。本来一部の古龍の骸なんぞに生える物なんだが……」
 そんな貴重な物を良いのかとは聞かない。本来と言うことは……。
「それが、別口で見つかったと」
「まぁ、早い話が……なっ?」
「ニャッ」
 新しい素材が手に入れば作れる武具が気になる。
 ハンターには良くある事は彼女にもまた例外ではなく……。

「なるほど、本当にそれ相応出来るか試してくれって事かい?」
「足りなかったら言ってくれニャ。軍資金くれれば落ちてそうな一帯から色々役立ちそうなのと一緒に持って来るニャ!」
「こりゃ、どさくさに紛れて売り込みするでないわ」
 どうやら、そのためにやって来たのが轟竜討伐と被ったようで。
「スポンサー募集って所かい?」
「ニャッ」
 農場の修理に必要なのは金より素材。
 この契約がすぐに承諾されたのは言うまでも無く。

「実は昇進に伴って色々連絡事項もあるんだけども……どうするね?」
「んー……出来れば、どっか座ってかの……」
 負傷らしい負傷はない。一撃でも受ければ命の保証は無かったから。
 けれども、否、それ故に精神的な消耗は大きかったように思う。
「だったらうちでじっくりと!!」
 新しい素材は即ち、新しい武具の可能性。
 そこが、待ってましたとばかり復活したテッちゃんの家になるのも致し方なかったか。

 とはいえ、場所は灼熱の鍛冶場ではなく、その熱が程よく伝わる居間。
 四角いテーブル、壁際の台所、素朴な一家族の部屋。

 最初の連絡事項は、上位進出に当たって。
「とりあえずね、試験は一応受けて貰う事になっとるよ」
「ほむー……そういや受けたこと無いのう。緊急クエストとかそんなばかった」
 リネット=エイン20歳。村クエ一筋三年半。
 公的なハンターランクは未だ1だったりする。
「ほっほ。相手が相手だからね、弟君に顔を見せるついでと思えば良いさね」
 後はポッケ村のハンターとして、寒冷期の雪山の歩き方等……。
 こちらは書物その他、少しばかり時間がかかるというので後回し。

 続いて装備その他に関して。

 ティガ素材は真っ先に弓行きが決定。
 新しい素材はまず弓、と言う考えはリィにもあったがテッちゃんの熱意が大きい。
 一方龍木の方は、キリンの尻尾やら古龍の血やらが必要と言う事で見送り。
 しかし、トレニャートレジイのいる手前倉庫で眠らせる訳にもいかず……。
「笛だったら、モンスターの体液と雷光虫あれば作れるな」
「ニャ、ボク貰っちゃって良いのニャ?」
「おう。現状リィちゃんのオトモだしなお前」

 そして……マイラのヒーラーUは修復出来ないとの事。
 本来上位ハンターの装備だけあって必要素材もそれ相応。
「うう……何時かは卒業と思ってましたが……」
「まぁ、言っちゃ何だがもうすぐ寒冷期だ。ここより街の方が場数も踏めるだろう」
 うつむくマイラ。帰れば親父が待ってる訳で……。
「う〜……大丈夫でしょうか」
「安心せい、度が過ぎるようなら頼もしい王子様が蹴倒してくれるさ」
 けれども、何時までの親父の親バカに守られている訳にもいかなくて……。

 それでも、穴の開いたヒーラーUに手を触れて思う。
 今この装備に甘えているのは、父に甘えているも同じでは無いかと。
 薄々解っていて、けれども手放せずにいたけれど……。
「いっそ、街でゲストハウス借りて暮らせば覚悟決まりますかね?」
 距離を隔ててなお自分を守る物がある。
 そこから巣立とうと思うなら……。
「私、一度街に戻ってみようと思います」
 まずこの「防具」の庇護から脱するのが先かもしれない。

 ……小さな決意を向けられた先は、とある砂漠の一角にて。

 降り注ぐ日差し。遮る岩場。円を作るように並ぶいくつかの竜車。
 即席のキャンプ場。
 終わりが近くとも温暖期の砂漠、無茶を敢行しようと言う者はいる。

「なぁ、最近のナイツは医者の真似事もやるのかい?」
 一人は痩せこけた頬と無精髭の中年男。
 日よけと防塵を兼ねた白い布が風でバタバタと音を立てる。
 この竜車の属する商隊の主、温暖期の砂漠越えを敢行して、案の定。
「ハンターの経歴は様々でね、ナイツなんて選り抜きの曲者揃いですよ」
 答えるのは帽子を団扇代わりに顔を仰ぐナイツ筆頭。

 ……二人が見守る先、竜の襲撃で片足を無くした少女と、それを看る少年。
 膝下から無惨に食いちぎられていた足、骨を失い垂れ下がる肉。
 いかな名医とて繋ぎ合わせられるはずもなく、広い傷口は壊死が始まっていた。
 痛みに怯える少女の足を、少年はやむなく斬った。
 それが竜を狩りに行く一日前の事。

 もとより数日の滞在を想定していて、商隊の救助をする事に支障は無かったが……。
「足が欲しい」
 今、彼女は少年を大いに困らせている。
 年は13かそこら、背丈は一応マイラよりあるだろうか。
 深海のようと思っていた海色の目が、今は光を称えてこちらを見ている。

 少年は困っていた。
 何も元通りの、と言うわけではない。足とは義足と、解ってはいたけれど。
 それは痛み止めを打つまでの、苦悶の表情を知っていたから。
 決して心の傷が浅いわけで無いと思っていたから。
 対応を誤れば波は止まる。停滞したまま深いところへ沈んでいく。
 ……人は、時に強がりの嘘をつく生き物だったから。

 けれどその強がりを否定してはいけない。甘えてもいけない。
 その子は、そんな彼の途惑いさえ楽しんでいたようだったけれど。
 彼は真剣だった。

 竜車の奥で、彼女のお気に入りだというアイルーの従者が不安げ。
 抱きかかえているのは折れた棒、先に付いてる大きなネコの手。
「なぁ、ちょっとそこの」
「ニャ、うちニャ?」
「そう。その”ねこ?ぱんち”直すか?」
「ニャー……この状態じゃ買い直……ちょっと待ってるニャ」
 賢い従者。少年の意を酌み竜車の中をあっちへこっちへ。
 取り出してきたのはロープに棒きれ布きれと、どれもこれもが、元・竜車。
「なぁ、棒はもう少し長いの無いか? この子の背丈に足りない」

「……足じゃないの?」
「そうポンポン作れたら、世の鍛冶屋が廃業するさ」

 数分後、従者が解体作業を請け負っていたアイルー達を連れて戻ってきた。
「どうせなら責任取って貰うニャー」
 そういって竜車の中に置かれたのは、件の竜の腕の骨。
 勿論、お嬢様が倒れたりしないよう綺麗に綺麗に拭いた物。

 ……彼女が「歩きたい」とだだをこね始めたのはまた別の話。

 そして月が高く昇る頃、場所は再びポッケ村。
 集会所のすぐそばにある小屋の中、ネコートさんと、村長さん。
「やれやれ、元気なのも結構だけど……いやはや……」
「無茶をする娘とは聞いていたであるが、よもや、な」

 蓑を外して小さな椅子に腰掛け、くつろぎ姿勢の村長。
 その手元には小さなカップ、お茶の湯気。
 客人がいるうちは意地でもコートを脱がないネコートさん。
 彼女に言わせれば、たしなみ。
 ネコ用を考えても小さな机、小さなキャンドル、小さな炎。
 机の上に乗っているのは手紙。内容は今回の顛末。
 ここ数ヶ月に渡り、広範囲に渡り、暴れ回っていた個体の討伐を知らせる物。

「して、アレの持ってきた巨大な鳴き袋はどうであった?」
「ああ、あの子の言うとおりさね。音爆弾にしたら凄いことになりそうだよ」
 それこそ、うっかり狩り場で使ったら自分が耳を塞がねばならないほどの。
「ま、こちらで使わせて貰うとするさね」
 弾む足取りで出て行く村長。お飾りに過ぎない杖を付きながら。
 見送るネコートさん、ため息一つ付いて机に向かう。
 さらさらと筆を走らせて……ふと、止める。

「命には、無駄が無いであるな」
 あれほどの死と破壊をばらまいていた竜の骸が、狩人の命を救った。
 一吼えすればすべてを吹き飛ばす咆吼の根源は、閉ざされた道を開くだろう。
 残された甲殻や爪は鍛冶屋のテッちゃんが嬉しそうに持ち帰った。
 弓には詳しく無かったが、出来るとすれば相当なじゃじゃ馬になりそうだ。
 あの垂れ流された臓腑も、いずれ滋養と名を変え何かを育むのだろう。

 それはそうと……。
「転落したー……で、止めるのは既にやったであるな」
 それはささやかな悪戯。
 向こうの狼狽えを想像して、ほくそ笑む程度の。
 それは例えば、事故に巻き込まれた後、無事の知らせをワンテンポ遅らせて届けるような。
「たまには、あの馬鹿叔父を引っかけてみるであるか」
 思わずこぼれた笑みに、ネコ訛りが混じりそうになって咳払い。

 手紙を受け取った白ネコが、闘技場のリオレイアに飛びつくのはまた別な話。