ドンドルマの街の一角。闘技場、あるいはアリーナと呼ばれる場所の地下。
 ドタバタと走る一匹の飛竜。
 竜と名は付くものの、卵形で灰色の胴は弾力のありそうなゴム質。
 伸びた首の先には枯れ木のようにしわくちゃなクチバシと大きなトサカ。
 こう見えてブサ可愛いと評判なゲリョスのスナップ君。

 彼が向かっているのは闘技場の入り口。
 大事なお仕事受けたから、よく解らないけど偉い奴から受けたから。
「なっ……脱走!?」
「ディ君、光り物隠して!!」
 スナップ君は知っていた。いきなり外に出てびびった奴が剣を抜く事。
 それをミケ姐さんが止める事。次に、盗られたく無い物を守る事。
 その間に、自慢の俊足は標的の所へひとっ飛び。
 無防備な頭上、射程圏内。

 ぱっく。

 ―ディフィーグ=エインが盗まれました―

「どぁあああああああああああああああああっ!?」
「あっらぁー……一体何かしらねぇ……追い掛けますか」
 それを呆然と見ていたミケ姐さん。
 特に焦るでもなくその後をひょこひょこ追ってった。

   ――――『ちいさな王様』―――
         あなたが好き?

 その頃その子は、立つことも出来ず地に伏せっていた。
 向こうから……とっても大きな声がする。
 どたどたと、とっても五月蠅い足音がする。
 うっすら開けた目に映るのは、くるっと丸まる自分のお腹。

 ……そこに、蒼いのがぽふっと降ってきた。
 ぼーっとしていた蒼いの、その子のお腹をふにふにと。
 その手が、なんだかとっても冷たくて、気持ちよかった様な気がする。
 追い払う元気も無い。
「な、なぁ、あの……」
 なのにどうして、その人は怯えていたのだろう。
「お前、熱いんだけど……」
 ああ、冷たいの気持ちいいからもうちょっとそこにいて。

 触って貰うと気持ちい。
 ぐったりだるいけど気持ちい。
 その手が、ピタリと止まる。
「ミケ姐……」
 いるの? 小さい緑いるの?
 なんで蒼いのはそんなに怯えているの?
「ちょっと、ディ君……」
「……ん。解ってる」
 よく解らない。解らないけど、どっか運ばれるみたい。
 頭ぐるぐるする……ふらふらする……寝たい、苦しい。
「ぐるぅ〜……」
 息を吸い込むと、喉の奥がゴロゴロ言う。

 蒼いのと小さい緑は、暫く何か話してた。
 何かは全然解らなかったけど、その後荷台に乗っけられて……。
 ごとごとごとごと……あ、ちょっと気持ちが良いかも。
 ごとごと……ごとごと……うっつらうっつらして……。

 そろそろ眠れそうと思った時に止まった場所は、何時もと違う広場だった。
 広い広場。土色の壁。周りにならぶ木の棒の先には小さな炎。

「ディ君……解ってるわよね、もし快復しないようなら……」
「……うん。なぁ、その時は、さ……」
 小さい緑が居なくなった後も、蒼いのはそこにいた。
 嫌だよ。今日は追いかけっこする気分じゃないよ。
 もぞもぞ後ずさろうとしたけど、上手く出来ずにすってんころりん。
 構わず蒼いのはやって来る。
 どうなっちゃうねかなぁと思ったけど、その子の鼻先でピタリと止まった。
 何時でもがぶり出来る距離だけど、それも凄くめんどくさい。

「……ゴメンな」

 そしたら、蒼いのは鼻先に寄り掛かって来た。
 何時もと違う声だった。
 蒼いのも喉が変なの?
 ……自分は何をする気も起きない。
 蒼いのも何もして来ない。
 ただただ、一緒にいた。
 ……自分よりずっと小さな体のずっと小さな手。
 それでも、擦って貰うと気持ちよかった。
 小さな緑が帰って来たのは、ちょっとうとうととしてきた時。
 何か白い物を、荷車に乗せて持ってきた。

「ねぇディ君……これで、いいの? なんだってまた……」
「さぁ、何でだろう」
 白い物の中から出てきたのはその子と同じ蒼い甲殻。
 蒼いのがさっきまで来ていた赤と黒の甲殻を脱ぎ捨てて……。
「隠し事してるような気が、するのかもな」
 その子はその時、初めて服とか鎧とかを知った。

 そこからはほんのりお父さんの匂いがしたけれど……。
「……グゥ……」
 頭がぐるぐるする……目の前がぼんやりする。
 蒼いのの着てるのが何か、何となく解る。
 解るけど……いまいちピンと来ないのは、そのせい?

 そして、その子の鼻先に座り込む蒼いの。
「今日、泊まり込んで良いか?」
「うふふ。駄目って言ったら、どうするつもりかーしら?」
「……悪い。要るものは明日取ってくるから」
 よく解らないけど蒼いの、今日はずっと居るみたい……。

 頭がぐるぐるするの。
 だるいの。頭が熱いの。
 吐いてる炎、変なところ行っちゃったのかなぁ……?

 お腹もぐるぐる、痛かったり熱かったり。
 ……蒼いの、流石にぎょっとしてた。
 あの緑やその他小さいの沢山と一緒に掃除してくれたけど。
「……アレ、農場に回せるかしら?」
「お願い……ちょっとその話題止めて」
 そういや蒼いのの前に、くっさいの投げてきたのがいたなぁ、とか……。

 部屋が綺麗になって、ご飯が来た。キノコ山盛り。
 お肉もあったけど……いらない。蒼いの食べて良いよ。
 わざわざ小さく切り取らなくても良いからさぁ……。
「なぁ、食わなきゃ元気になれな……」
 蒼いのが、その子の頬っぺたにしがみついて、深く深く息を吐く。
 蒼いのも調子が悪いのかな? だから一緒にここにいるのかな?
「元気って、何だろうな……」
 お腹に寄り掛かって来たけれど、追い払う気にもなれなかった。

 そのままうとうとしてたけど、目覚めた時には居なかった。

 熱にぼやけた瞳で辺りを見回す。
 何にも無い場所、ただただ広い。何にも無い。飛ぶ気もない。
 何にもする気がない。
 今日は独りかなって思ってた。このままかなって思ってた。
 そしたらあの蒼いのが、大きな布に色々包んでやって来た。
 小さい緑もお手伝い。

 中から出てきたのは、喧嘩した後塗る緑の薬とか、キノコとか、薄紫の葉っぱとかとにかく沢山。
「ディ君、何持って来たの?」
「栄養剤とか元気ドリンコとか、あと調合素材。とにかく免疫力上げようと思って」
「……調合素材?」
「……悪いかよ」
 あれ、蒼いのどうして蹲ってるの?

 でも、その後こっちを見る蒼いの、ちょっと目が怖かった。
「とにかく……処分なんて、絶対させない」

 怖かったけど、ちょっぴりお父さんに似てたから……。
「グゥ……」
 ちょっぴり安心感。
 お野菜やお肉に何か混ぜてた。
 何にもないから、その様子がよく見えて……。
「味落ちるかもだけど、勘弁な」
 そう言って、蒼いのがそのこの前で混ぜていた物をぐいっと飲んだ。
 毒じゃなさそう。例えそうでも、元々毒を使う火竜に効くかは疑問。
 お肉は何時もの味だったけど、やっぱり微妙。
 その次に沢山積まれた葉っぱの山を……。

 わしゃっ

 もっしゃもっしゃもっ……キーンッ!

「ぐぅー?」
 何、何、頭の中冷たいのがキーンって……。
 ん……冷たい冷たい冷たい……。
「ぐぅ」
 もうちょっとないの?
「へ……あ、そっか。これなら普通に生えてるもんな」
 でも、出してきたのは黄色い袋に入ったお薬。
 期待して口開けてたら放り込まれた。
 甘いような苦いような変な味……口直しに冷たい葉っぱ。

 ……葉っぱが無くなると、やっぱり頭は熱い、体はだるい。

 でも、その時一番気になっているのは、その子の側を離れないその人。
 ご飯くれたり、体擦ってくれたり。
 一緒に寝たり……してるのかな?
 火が消えた後は、ずっとお腹に寄り掛かって起きている。
 ずっと起きてて、時々深く吐く息が何だか辛そう。

 翌朝には元気になるんだけども。
「今日もしっかり食えよー」
 翌朝も体は重い。なのに頭はまだほわほわ軽い。
 その日、その人はその子がご飯を食べるのを見て、目を細めている事に気が付いた。
 うん、明るい内は元気だ。
 暗いのがいけないのかなと思って、火を消しに来た小さい緑を邪魔してみた。

 動くのだるいから、火の消えた台に火の玉を。
 ゴォォォって、強く燃えると思ったんだ。

  おかしいな、おかしいな。

「あららぁ……」
 後には消し炭しか残って無かったんだ。
「お前、暗いと眠れなかったりするの?」
 何時もより大きな火が一個残ったから、まぁいいか。
 その日は大きな火を一緒に眺めてた。
 暗闇の中にゆらゆら揺れる灯火一つ。
 ゆらゆら揺れる、それがちょっぴり面白かった。
 その人も、ずっとそれを眺めてた。

「……ムラ……」
 その人が、おでこを撫でるようになったのは何時からだっけ?
「……焔(ホムラ)」
 その子が、それを追い払わなくなったのは何時からだっけ?
「ホムラ……ホムラ」
 その人が呟き続ける言葉の意味は、その子にはまだ解らない。
 けれども、耳元で繰り返すそれは、あの笛よりずっと心地よくて……。

 うとうと……うとうと……ちょっぴり幸せかも。

 そんな気分で眠ったせいかな。翌朝はとっても元気。
 頭スッキリ、体シャッキリ。炎の調子も上々。
 よく解らないけど、体中を通るような涼しさがとっても気持ちよかった。
 朝の深呼吸に立ち上がってみましたら。

 どさっ

 横で、何かが落ちる音がした。
 ちらりと下を見てみると……。

 うつ伏せに倒れてる蒼いのがいました。

「ギュッ!?」
 倒れたまま、余りにも動かないものだから……。
「ギュ〜?」
 ちょっと覗き込んでみる。
 小さな人間がさらに俯せになっているけど、確かに見えた。
 顔真っ赤になって、息する度にヒューヒュー言ってる蒼いの。
 翼の爪の先っちょでつついてみる。ああ、目を開けた。
「あ……ども……」
 ぼやけた瞳、何処を見ているのか解らない。
 ただ、その子に気が付いた蒼いの、一生懸命立ち上がる。

 見ていて解る。頭ふらふら、火照ってる。
 背筋を伸ばそうとして尻餅。着込んだ鎧が、がしゃんと鳴る。
 それでも頑張る蒼いの。ちょっと前ならいじわるしたかも。
 でも、その子もそれがだるいの知ってしまったから……。
「ぐ。ぐっ!」
 頑張れ。頑張れ。
 立ち上がれたけどヨロヨロしてる。
 今にも転びそうだから、ちょっと翼の爪の先っちょを。
 蒼いの、手を伸ばそうとして、ためらって、もどかしいから押し付けた。
「ぐー」
「ぜっ……はっ……」
 翼の先、火を扱う竜でも体が熱くなっている事が解る。
 まるで……昨日までの熱を、全部この人が持って行ってしまったよう。

 その子は知らない。
 飛竜がかかるような病が、人間の間で流行ると大変だって事。
 病気がすぐに治らなかったら、広がる前に殺されちゃうって事。
 その「すぐ」までの時間も、ここの偉い人が偉くない頃に頑張って勝ち取った事。
 飛竜を楽に死なせる方法を、今の人間は持っていない事。

 その時は、この人は自分でやると、覚悟していた事……。

 蒼いのが何とか立ち上がれた頃、小さい緑がやって来た。
 後ろに、赤毛の大きめな人を連れて。
「あら、何だか調子良さそうね」
「竜の方はな……」
 小さな緑と赤毛、その子とその人交互に見てる。
 小さな緑と赤毛、暫く考え込んだ末……。
「あー。ディ、お前はもう暫く隔離されててくれ」
「は……」
「安心しろー可愛い看護……婦だっけアイツら?」
 何か蒼いの真っ青になってたけど、その子は外に出られるらしい。

 その子は部屋に帰れる。小さな緑と赤毛のも一緒。
 その途中、赤毛が止まった部屋。隅っこに丸まってた紅白まんじゅう。
 大きめな赤いのが呼ぶと、赤い首と白い首がひょっこり。
 赤毛がひょいっと元来た方へ指を差す。紅白の首がそっち向く。
「いってこーい」
「ふぉーぅ」
 なんだかちょっと嬉しそうな二匹の丸いの。
 どたどたと通路の向こうに消えていって暫く……。

 蒼いのが吼える声が響いてきた。それだけ元気なら大丈夫だね。

「アイツらも慣れれば可愛いんだがなあ……」
「主任、それ何の嫌がらせですか?」
「なーに、後でちゃんと帰してやるから大丈夫」

 一人で寝るのが、なんだかとても久しぶりだった。
 そしたら、今度はなんだか落ち着かなくて。
 白い一本角と喧嘩したり、トサカ追い掛けてみたりしてたら、直ぐ帰ってきたけど。

 広い空を飛び回った記憶は確かにある。
 始めて自分で得物を捕まえた記憶は確かにある。
 恐い思いをした記憶は確かにある。
 けれども。
 楽しく走り回った記憶が確かにある。
 美味しい物を食べた記憶が確かにある。
 苦しいとき側にいてくれた記憶が確かにある。
 それは目の前にあるもの。

 彼等は過去を振り返らない。ああすれば良かったとは思わない。
 狭くとも思い切り駆け回り、気の合う奴とゴロゴロする。
 時には撫でて貰って自分が大事にされている幸せを感じてみたり。

 その子はまだ知らない。
 黒いお母さんのように、そんな人が居なくなってしまったのもいる事。
 ごむごむトサカのように、そんな人が来なくなったのもいる事。

 そんなある日のこと、あの蒼いのが、青いヒラヒラした物を来てやって来た。
 頭の上にも、白い羽のついた青いのが。
 鼻先に乗せてあげると、なんだか懐かしい匂いがした。
「ちょっと仕事に出かけてくるから、言い子で留守番してるんだぞ?」
「ぐーぅ?」
 その日は目一杯ぎゅーして、撫でてもらって、でも走ったりはしなかった。

 ……その日から、その人は長く帰らなかった。

 一週間、ちょっと遅い。
 そんな事もあるのかなって思った。白い子は良くあることだと言ってた。

 二週間、どうしちゃったんだろう?
 もう帰って来ないって言ったトサカと大喧嘩。小さい緑に怒られた。

 三週間、もうここ に来てくれないの?
 黒いお母さんの大事な人はって聞いた。何も答えてくれなかった。

 ……その子はまだ、当たり前の大切さをイマイチよく解って無かった。

 四週間……。
「ホムラー、帰ったゾー」
 ……ああ、小さな緑の声が変だ。がだるだるになったらしい。
 あの部屋行かなきゃだね。
 動けないくらい辛かったら自分が連れて行こうかなと思って、チラリ。

 頭の上、青いけどあの人のとは全然違う布きれに白いボロ切れ。
 その下。蒼いけどぼっさぼさの何か。正直不気味。
 体、青い布きれ巻いてて、床をずりずり。
「ほーラ、帰ったゾ〜」
 声を無理矢理変えてる小さな緑。

 何がしたいかは、よーく解った。
「クァ〜……ッ」
 よーく解ったけどね……。

 せめて緑の毛を何とかしようよって言う。
「ガッ!!」

 ぼっこ〜ん。

 小さい緑が尻尾を押さえてぴょんぴょんしてるけど、知〜らない。
 帰ってきたら思いっきり拗ねてやるんだ。うん。そうしよう。

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