――響いた声と、ドアを掻く音が耳から離れない。

 一瞬だった。一瞬で何もかも崩れちまった。
 少しづつ、少しづつ良くなってると思ってたのに……。
 本当は、砂の塔を積み上げていただけだったんじゃなかったのか。

 俺は今、ドンドルマの図書館にいる。
 ……俺が背を預ける棚に並んでるのは、精神科関連の本。

 不安、不眠、過覚醒……。
 原因を想起する事象への回避傾向……。
 事件に対するフラッシュバック、追体験……。
 自己防衛の為に、精神活動の一部を麻痺……。

 事件に対する記憶を忘れようとする。
 記憶に関する機能への障害……。

 立ち直った人の手記を読もうとして、止めた。
 危うく破りそうになって、本と俺との間に割り込んできたケインのお陰で未遂。

 動けた人間の話、乗り越える力のあった人の話、切っ掛けに恵まれた人の話。
 動けなくなるまで痛めつけられた人間はどうする。
 乗り越える力まで奪われた人間はどうする。
 一つでも欠けた物があったら、どうしらいいか解らなくなるから。

 救われて欲しいのは、本や物語の向こうの人間じゃない。
 救われたいのは……。

「俺……かよ……」
 虚しいを通り越して、惨めになって……。
「ちんちくりん、鎧着て本棚寄りかかるなミャ……座り込んで良いミャから……」
「……ん……解ったから向こう行け……」


   ――――『帽子と鉢金』―――
          サヨナラ

 自分のしたことに、意味はあったのだろうか、効果はあっただろうか。
 もしかしたら、アイツのムリに付き合って、かえって苦しめただけなんじゃないのか?

 それでも翌日の夕暮れ前、未練たらしく、リトの部屋を訪ねる俺がいる。
 玄関じゃなくて、壁の前。卑怯だよな、兄貴がいない時間、しっかり知ってるあたりが。

 ドアの無い壁を、何時もするようにノックする。
「……ディ?」
「うん……」
 何時ものように、返事は来た。
「昨日は……ゴメン……」
「ううん、アンタは……悪く無いよ……」
 返ってきた返事は、弱々しくってさ……。
 そんなんじゃ無いって、言いたかった。言えなかった。

「入っちゃ、駄目か?」
「ゴメン……解って、解ってるんだよ?」
 一人にした方がいいのか、一人にしたら不味いのかすら解らなかった。
「ディだって……アイツらじゃないって……」
 ……泣いてた。
 あのリトが、ひっしに涙堪えてるのが声で解った。
 やっぱり、来ない方が良かった、のかな……。

「ごめ……」
「何で、お前が謝るんだよ……」
「悪い……」
「だから……」
 解ってる。かえって辛いんだよな。
 母さんが泣いて、姉貴がキレて、父さんが趣味の名目で心理学に手を出して……。

 だけど、他に何て言えば良いのか解らない。
 気持ちは解るなんて言えない。
「明日、また来ても……」
 だけど……。
「ゴメン、ダメ……」
 お前が、謝る必要なんて……。
「怖い、人が怖い、ディでも怖い……私、あの時刺すつもりだった……」
 どこにも……。

「……解っているのに、解っている、はずなのに……」

 その日は泣いた。
 壁一枚挟んで、二人で泣いた。

***Date.LL.F
 悔しいクヤシイくやしいくやしいクヤシイ悔しいくやしいクヤシイ
 くやしいクヤ……(ここから先は引きちぎられている)
***

 ……彼が立ち去った後、彼女はベッドを出た。

 部屋の隅。小さな棚。
 引き戸の中、乱雑に並ぶのは何かを包んだ薬包紙。
 包みを一つ取り出す。手頃な椅子を引きずる。向かうのは洗面台。
 縁に包みを置き、コップを蛇口の下に置き、ギリギリ一杯までまで水を注ぐ。
 ギブスの生活に、ずいぶんと慣れてしまっていた。

 包みの中身を、粉を、自分の口に流し込む。
 それが残っているうちにコップの水を飲み込む。
 飲み込むと言うより、噛み砕くように。
 不安も、恐怖も、苦痛も、虚しさも、器ごと噛み砕くように。

 そして喉から込み上げるまで飲み、吐き出す。
 顔あげると、鏡には血走った目の女が映っていた。
「ド畜、生が……」

 最初は薬だった。
 もうその用を成してなお、彼女はそれにすがり続けた。
 ただの塩に摩り替えられても、それで良いと呷り続けた。
「負けて……たまるかってんだ……」
 どうせならと摩り替えた砂糖は、何時もより甘い。
 彼女は泣いた。
 その慟哭がそう遠くない所にいた彼に届いて、彼も泣いた。

――――

 結局、どうにもならなかったんだ……。

 久々に遠出をした。
 時間を置いたら、と言う期待も僅かにあった。
 ……ハンターUを着て狩場に出向くのも久々だった。
 ただの採集ツアー。
 性懲りもなく、土産の一つでも送ろうかと思ってたんだ。
 その帰りだ。夜の森の畔、野営の準備中。

 ハンターは五人以上で動かない。
 遠出や猟団と言う例外はあれど、少なくとも、狩場では。
 木々の向こうの一団が気にかかったのは、そんな理由だった。
 真っ当な連中じゃない印象の方が強かったから、当然盗み聞き。

 ……それはきっと、悪魔の囁きとかそんななんだったんだろう。

 いるのは五人。ボーンシリーズを着た男と、フルフルと……リオソウル。
 残りはランゴのガンナーと……レウスシリーズの女。

「おー……痛ぇ。あのアマ本気で食いちぎる気だったのかよ」
「ばーろ、だから口はやめとけっつったんだ」
「まぁ。あの時のガキよか遙かにマシだったけどよ」

 荷物の隙間から見えたのは女物の鎧。
 ……真っ当な連中じゃない事だけは確定、かな。

「あー、ありゃあ絶対一矢報いるとかそんなだったな」
「ホント。アタシが猿ぐつわ噛ませなかったら……一人ぐらい持ってかれてたんじゃないのかい?」

 それだけなら特徴まとめて、ナイツに通報するだけだった。
「でもよ、ソイツが最後には、なぁ?」
「ヒャッハハ、確かに。ありゃ久しぶりに上玉だった!」
 まだだ。まだ、思い過ごしだと誤魔化せた。

 ランゴの奴がその手に、見覚えのある銀鎖を下げてなければ。

「あの、しぶといのが、最後にはよぉ」
 止めろ。
「そうそう、一生懸命歯ぁ食い縛ってんのな」
「だな、声上げたの最後の方だけだったろ」
「絶えだえのアエギと強がり、たまんねぇよなぁ」
 やめろ。
「なぁ、アイツ、誰か呼ぼうとしてたよな?」
「ディ……何とかだっけ、絶対オトコだよな」

 ヤメ……。

 嫌な笑い声が響く。
 一緒に聞こえて来るのは、あの日の、リトがどうなったか。
 何を叫んだか、どう藻掻いたか、どう喘いだか、最後に、どう……。

 ……動けなかった。飛び出せなかった。
 肩が震えて、息が震えて、木に背を預けたまま崩れ落ちて……。
 その気配を隠してくれたのは、連中の笑い声だった。

「ま、今頃レイアかそのガキの腹ん中だろうけどな」

 許せなかった。何もかも許せなかった。
 アイツらも、アイツらに気付かなかった奴らも。
 一瞬でも、その時の光景を思い描いてしまった自分も。

 打ち消そうとして思い浮かべたのは、あの時の、リトの……。

 一呼吸ごとに喉が詰まる。
 殺してやりたいと思う。駄目だと抑え込む。その度に頭が痛くなる。
 声を上げなかったのは、そいつらがこっちに来たらどうなるか解らなかったから。
 気付かれるなと。位置を、行動を、ナイツに垂れ込めば直ぐカタが付くと。
 息を潜めて、ずっと……そうしている……。

「しかし、相手の居る奴ってのがあんなにそそるとはなー」

 はずだった……。

 ……連中は、そこから最寄りの村を経由し、ジォ・ワンドレオへ。
 ドンドルマ最寄りの港町。
 東へ向かうと行っていた。最近、ナイツの取り締まりが厳しいからと。
 連中にとって都合の悪い方向に。街に入るのは二人。時々入れ替える。
 外で控えている連中の足跡は残らない。

 そうやって……何人を食い潰してきた。

 最後の駄賃にと連中が目を付けたのは、淡い桃色と青のストライプが入ったフード。
 マカルパシリーズという奴。
 誘ってきたのはレウスの女とリオソウル。
 切っ掛けは簡単。足がもつれて、ぶつかったと言うだけの事。
 ゴメンナサイと口元に運んだ手、露店で買った小石の腕輪。

 たまたま遠出をした街で、採集ツアーに連れて行ってくれる人を探してたと。

 案の定、連中は二つ返事で引き受けた。
 場所は湖からせり出した森。陸路で回り込む事も一応出来る。
 他の三人が手引きされて乗り込むのを、ちゃんと見ていた。

 上陸したら、あとはお好きに。好きに回って、好きに集めて。
 飛竜の痕跡があるのでちょっと洞窟の奥まで行くと火竜の親子。
 母竜の後ろに、甲殻の色付き出した子供達。
 適当にアプトノスを追い込んでおく。腹一杯なら、悪さもしないだろう。

 ……そして、上陸地点から丁度反対側の森。
 陸路で来られそうな場所に、それはあった。

 陸路から「来たように見える」行き倒れが二人。
 ボーンとフルフル。赤い色が、妙にべったりと纏わり付いた。
 静まり返った森、さて、木陰から狙っているのは誰だろう。
 素知らぬ顔で、何も気付かない風を装いボーンの方に「俺」は手を伸ばす。

 助けようとした人間。行動を共にした人間。
 あげく、自分の体にまで裏切られるのはどんな気持ちだろうな。

 引きずり倒そうとしてきた手を逆に捻り上げてやる。
 続いて飛んで来た弾丸の盾になってもらった。
 けれど、ソイツの体に風穴が空くことはない。
 黄色い煙、恐らくは麻痺弾。

 立ち上がろうとした二人目は、指先を踏み潰して動きを封じる。
 まさか御符爪に加えて、怪力の丸薬まで使ってるとは思わなかったろう。
 最初ぐらい、対策をしてるかて思ったが。
 しかも鎧がこれなら、なぁ?

 悲鳴。踵の下で、何か磨り潰れる音がする。

「後二人、居るんだろう?」
 銃を構えたランゴの顔色が変わる。
 ……ここに来て、やっとハメられた事に気付いたらしい。

 呼ぶまでもなく、直ぐ近くに潜んでいるのが見えた。
 右にリオソウル。左に女。
「……来いよ」
 麻痺弾食らった奴の手を踏み砕いたら、ようやく飛びかかって来た。
 けど、遅いな。
 ガンナーはビビって射線が甘い。
 リオソウルの奴は、ここ数日俺も着てたお陰で、中の壊し方が良く解る。
 馬鹿正直に剣を降り降ろしてくるから、その腕掴んでそのまま投げた。

 受け身なんて取らせるもんか。
 真上通るところで止めて、相手の自重で肩からへし折る。
 女の方へ投げ捨てる時、捻れるよう、二度と、元通りに繋がらないよう。

 女の得物は大剣……関係ないか。大降りで飛び込みやすい。
 顔を擦るように蹴りつけたのはワザと。
 心当たりはあるんだろう、顔ばかり気にして、下腹部がお留守。
 どんなに硬い装甲でも、真正面から蹴り込んでやれば、ね。
 蹲った所で前歯蹴り砕いて、倒れた所で頬骨も踏み割った。

 ……もう終わり?
 ああ、ランゴが一匹震えてる。
 ちょっと回りこんだら、それで追い込める。
 他の連中も、足は潰していないんだ。

 どの道逃がさないから。
 女が逃げようとしたから、肘割っといた。
 殺してなんてやらない。
 生きていればどうにでもなる。
 だったら、生きてるのが辛いぐらいボロボロにしてやるんだ。

 ……よく推理小説であるよな。復讐に我を忘れるって犯人。
 報われないタイプ。捕まってほっと安心するタイプ。
 だから……もうナイツ宛てに手紙は出してある。

 どれだけの重傷も、殺しよりは軽いだろうから。
 不意に突き飛ばす方が、心ない言葉より重いように。

 壊してしまうんだ。跡形もないぐらい。

 歯を食いしばって待つのには慣れてるし。
 その間に、リトも良くなってくれないかな……それこそ、馬鹿野郎ってぶん殴れるぐらい。
 例え軽蔑されるとしても……待っているだけなんて耐えられないよ。
 実際、この二ヶ月の間に何人かやってるようだし。

 どうせ、同じ事を繰り返すんだろ?
 幸せなところに居るだろう人を、滅茶苦茶に壊して、殺すんだろ。
 だったら、消した方がいいだろうけど。
 でも、こんな奴らでも五人殺ったら流石に死刑だろうし、それは嫌だし。

 逃げ回るランゴのガンナー追い詰めながら、足下の連中を一人ずつ踏みつぶしていく。
 立ち上がった奴らは顔面を蹴り飛ばしてやる。首を折らないよう気をつけて。

 あの晩盗み聞いた話は、事の子細を思い描くには十分過ぎた。
 最初から最後まで、馬鹿丁寧にモノマネまで交えてさ。

 だから解った。そんな姿、赦した相手以外には見せたくないだろうって。
 それを赦されるって事は、きっと凄く重い事で。
 子供は見ちゃいけませんとは、良く言ったもんだよ。
 それを受け取る事の責任の重さは半端無いだから。
 その結果も、その後の人生も、きっと全部……。

 こんな奴らにって……バカだよな。
 俺が赦されてるわけでもないのに。

 逃げだそうとした一人の指を、足で逆に踏み曲げる。
 悲鳴も呻きもあったけど、そんなの聞いてなんてやらない。
 壊すんだ。壊して、壊して、壊し尽くして、何も考えられないぐらいに。

 だって、生かしてほっといたら、仕返しに来るだろ。
 俺がダメなら、身近な誰かを狙うだろ。
 ナイツに捕まったって、出てきたらやっぱり来るんだろ。

 どれだけ壊せばいい?
 やっぱり殺した方が良い?
 どうやったら、中身だけ壊せるかな?

 さて、一つ無傷で残していたわけだけど、どうしよう。
 馬鹿丁寧に全身粉砕してもいいけど……ああ。
「五人以上で狩りに出ると、一人が死ぬ、だっけ」
 しかも対象が人間、色々タブーに抵触しまくりだよな。

 一歩足を進めながら、転がってる奴を踏む。
 砕くように、ねじ曲げるように。
「ちっ……違うっ!!」
 初めて聞こえた、悲鳴以外の声。
「……何が違うの?」
「だっ……だから……」
「その場でミンチにして、レイアの餌にするの必死で我慢したんだよ?」
 ここまで来て人違いは無いだろ?
 模倣犯なら同罪だ。
「わざわざ報酬全額はたいて裏通りでパチ物買って、そっちが手を出すまで我慢したんだよ?」
 むしろ、尾行とか偽物とか気付こうよ?
「お、俺はこんな事……っ!!」
「あんなに鼻の下伸ばして語ってたのに?」
「ア、アレは、あるだろ周りの空気とかそんな!!」
 ああ、良いこと思い付いた。
「じゃあ、殺してよ。一番悪い奴」
「へ……?」
「そしたら、無傷で帰してあげる」

 おもいっきり、裏切ってやらなきゃ。

 ナイフを投げて寄越したら、抵抗するかなってちょっと期待した。
 誰を殺そうか思案し始めた。コイツが大本か、それとも全員同罪か。

 で……おいおい、選んだのが女かよ。
 ま、いいか。どうせ、突き立てる間なんて……。

 ぱすんっ。

 ……え?

 あれ、膝の力が抜ける。撃たれた? 麻痺弾?
 なす術なく地面に倒れる間に、ランゴの手からナイフが弾けた。
 まずい、まずい、まずい、動け、殺される、ただじゃ死ねない。
 どうなる。何をサレル? 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
 コイツらに、こんな、奴らに……。

 麻痺は回りきってない。何とか首が動く。
 持ち上げた視界、尻餅をついたランゴが見える。顔は見えない。
 ……ソイツの腰に、あの鎖がぶら下がっていた。

「釈明なら、後で聞こう」
 聞き覚えのある声。なんで、ジャッシュさんが……。
 時間をおいて回ってくる麻痺、起き上がれない。足音はあと二人。
「あの……これ一人でやったんですか?」
「このちびっ子がこれか? 世も末だなー」
 見えたのは蒼いブーツ。蒼装束の二人組。
 手当も拘束も手際よく終えて……俺の手に縄が掛けられたのは、最後だった。

 ……帰り道は、小舟の船倉の中だった。狭いが立てないことはない程度。
 俺が片側、連中がその反対側。ま、当然か。当然と言うか……。
「何でアンタ達もう来てるんだよ……」
 ドンドルマからここまでどれだけあるんだよ。
 ジャッシュさんは黙ってる。二人組は帽子を目深に被って俯いてる。

 俺、どんな顔してたんだろうな。
「……失踪者は、見つかった?」
 アンタ達がモタモタしてる間に、何が起こったと思う?
「そいつらに聞いてみたら? きっと嬉々として答えてくれるさ!!」
 ダメだ。やっぱ許せない。
「何人やられて、何人喰われた!! 飛竜の腹は管轄外かよ!!」
 立ち上がったのはジャッシュさん。蒼装束の一人はオロオロしてる。
 もう一人は、ピクリとも動かない。
「落ちつけっ!!」
「嫌だ!!」
 殴られた。かまうもんか。
 それで、どれだけ貧乏くじ引かされたと思ってんだ!!

 やっぱ殺そう。そんな事を考えていたと思う。
「おい、ディ!!」
「放せぇーっ!!」
 連中の一人が、ニヤリと笑ったような気がして……。
 頭の奥も腹の底もどうにかなりそうになって……。

 べちゃっ

 ……それが、一瞬で引いてしまった。
 多分本当に笑ってただろう奴の顔面にペイントボール。
 飛竜にぶつけて、匂いで追跡する物で、口が完全に塞がってる。
「今お説教しても逆効果っすよ、ジャッシュさん」
 立ち上がっていたのは、蒼装束の一人だ。

 船倉に広がる、ペイント特有の匂い。
 口を塞がれ、ソレが、鼻の真下にある人間はどうだろう。
「どうした。お前がやった事よりはマシだろ?」
 アゴ砕かれてた女が壁の方を向かされる。
 他の連中も総じて何かしら、こっちを見れないようにして……。
 ……それぞれ一人ずつネンチャク草で拘束していった。
「人がやってるの見ると、結構どん引き物なんだよ?」

 気がつけばジャッシュさんも押しのけられてて……。
「お前の、やりたいことは何だ?」
 ああ……今度はこの人が同じような事を言うだけかって思った。

「上官がコレだから叶えられる保証はないが、手は貸してやる」
 コレ、ジャッシュさん。無理に決まってる。
 この場で、全部グッチャグチャにぶっ殺してくれよ。
 ああ……声に出来ない自分が大嫌いだ。
「お前の、望みの大本は何だ?」
 え……?
「コイツらに壊された物は何だ?」
 壊された、物……?
 ああ……あの時兄貴に叩き出されていたのはこの人か。
 だったら、この人は俺の言う答えに見当を付けてるんだな。

「あの子に、笑って欲しいんだろ?」
 ゴメンナサイ。もう無理です。もうダメです。
 オレにはもう……もう……ああ、でも……。

「リトの、ペンダント……」
「いよっし!!」

 届けて下さいと言う間は無かった。
 俺が目でランゴの方を見ると、ソイツ蹴り倒して取り返してくれた。
 この人はこの人で許せなかったらしくて、ランゴの後頭部踏むとき嫌な音がした。

 ……俺に渡さず上に出てくれた時は、正直ほっとした。
「おい船頭、もっとスピードでねぇのか!!」
「コレでも結構速度出してるニャー」
「……しゃーねぇ。釣りカエル垂らすか」
「か、勘弁ニャー!!」
 船底の中がぐらっぐらしだした。
 俺も転んだしジャッシュさんも転んだ。もう一人の蒼装束は連中五人の上に。
 船倉から担ぎ出された俺が見たのは、トトスとやりあうジャッシュさんともう一人。
 連中はネコ達がずるずる引きずっていた。

 肩に担がれていたから前は見えない。
 ただ、最寄りの駅舎だったらしい事は確か。
「お前、馬は!?」
「……無理」
「ああ、くそっ、決まらねぇ王子様だなオイ!!」
 目の前にぎらつくナイフを見て、いっそと思ったら縄を切られた。
 馬には普通に乗せて貰った。後ろにその人。
 首にしがみつく自分が子供みたいだと思った。
 どうしろって言うんだよ。何しろって言うんだよ。

「お前、アイツの笑顔が見たいんだろ! アイツに笑って欲しいんだろっ!?」
 ねぇ、それなら何でドンドルマと反対方向に行くの?
「だったら、それはお前にしか出来ねぇんだよ!!」
 手に鎖を握らされる。巻き付けられるまでもなく握り返した。
 道の向こうに見えたのは、別の駅舎。馬が止まる。

 ……いるんだ。

「一番奥だ、突っ走れっ!!」
 言われるまま走った。走って、走って……いた!
 砂色の髪、解いていたけど、紫の鎧も無かったけど、解った!!
「リト!!」
 叫んだ。気付いた。止まった。
 振り向いたアイツの顔なんてまともに見ちゃいなかった。
 ただ、持ってた鎖を、リトの右手に握らせて……。
 その時、気付いちまったんだ。

 右手のギブス、付けているのが長すぎたって事に。

 代わりに手袋をしていて、その中に、本来あるべき感触のうち二つが無くて……。
「あ……」
 それでも、いつものように、生意気な顔で笑ってさ。
「ったく、何だよその格好」
 手、ガチガチに震えてるんだよ。
 本当は、振り払いたかったんじゃないかって、それでも、放せなくて。
「お前まで喰われたら、洒落になんねーだろうが」
「リト……指……」

 酷いことだって解っていながら、欠けた指の感触を確かめていた。
 それでもさ、残った三本の指で、器用に鎖を掬い上げるんだよ。
「ほぉら、やっぱり泣いた」

 ……バカだと思う。最初から、望まれて無い事なんて解ってた。
 どうして隠し続けてたかだって見当は付く。
 それでも……改めて許せないって思ってしまう自分がいて……。

「じゃあな、元気で」
 強がった笑顔が、最後だった。

***Date.LE.ES
 ――私は何をしているのだろう。古い絵本の、まじないにまで頼って。
***