ドンドルマ、温暖期も折り返しを過ぎて久しい昼下がり。
 喫茶コケットリーの窓際が最近、ある職種の専用席の様相を見せている。
「……赤ん坊にハチミツはダメだからね」
 髪は金、瞳は碧、白のワイシャツ姿。けれど染みついた赤のイメージ。
 彼、ラウルが守るのは、琥珀色の蜜をたっぷりかけたアイス。

 狙うは店長の腕の中で、それを興味深そうに眺める赤子。
 ワインレッドの髪が艶やかに伸びたら、将来美人になりそうだ。
 男の子だけど。

「……あれ。コレこないだのハチミツだよね?」
「うふふ。ソレにね、ちょっと一手間加えたの。どう?」
「うん。美味しい」

 無邪気な赤子、美味しいお菓子、日の差す窓辺。
 かつて、考えもしなかった時間がここにある。
 食うだけで精一杯だった自分が、食材の味を選び、楽しんでいる現実。
 人狩りを生業としている自分が、赤子と遊び、少年の未来を案じている現実。

 享受する資格などありはしない。

「あら、なんだか外が騒がしい?」
 ナイツがナイツの中に安息を求めてはいけない。
 平和に埋没し、平和の匂いに慣れておくこと。

 それはむしろ、ナイツの義務。
「それじゃ、僕これから仕事なんで

 血の匂いに、気付かなかったら不味いから。


   ――――『HUMAN HUNT』――――

 初めて都会の雑踏を最初に見た時の感想は、「何事?」だった。
 よく寓話で祭りのようと言うが、田舎の祭りでここまで人は来ない。
 でも、この雑踏は祭りだ。
 中心地は広場ではなく、廃材の並ぶ裏路地であったが。
 今はそこにロープとボロ布で作られた即席のカーテンが。
 その前に立ちふさがる蒼い騎士装束は、野次馬の接近を許さない。

 人の混み方から、それらの手際を推測することが出来る。
「帰って早々、災難だね。ディ」
「……あ、ああ。ラウルか」
 後はそれを行った当人の憔悴ぶりで、掛かった時間も。
 蒼髪の少年の、騎士装束姿もすっかり見慣れてしまった。
「本職への連絡は?」
「い、一応……」
 一応教わりはする。
 けれど、ナイツは何時から守衛隊の真似事をするようになったのだろうか。

「で、死体の状態は?」
「その格好、逆に目立つよ?」
 軽口を叩く直前、ただでさえ青ざめた顔が引きつるのを見逃さない。
 未だ残っている「子供」に、安堵を覚えるような年になってしまった。
 躊躇いつつも状況を口にする。ソレがなんだか微笑ましい。
「頬肉と二の腕、あと、太もものあたりが……」
 口ごもる。何だ。何を見た。早く言え。
 惨たらしい創傷なら当たり前のハンター稼業だろう。
 口にするのも憚られるような惨事何て幾らも……。

「……食われてた」
 あった。いや待て、何も下手人が人と決まったワケではない。

「何に?」
「加熱調理する生き物が他にいるかよ……」
 蚊の鳴くような声。
 野次馬には、自らの喧噪のお陰で聞き取られる事はない。
「焼、死体……?」
「焼いてから食いちぎる奴がいるか」
 声からにじみ出るうんざり。逃げ出したくて仕方がないらしい。
「レウスとか」
 立て続けに返すのは、ただのイタズラ心か。
「……歯形が丸いんだけど」
 一瞬の立ちくらみは、認めがたい現実からか。

 あの頃は、どんなに飢えた奴も人肉には手を出さなかった。
 それを思えば、まだ人としての理性があったという事だろうか。

 まあ、中のアレについては見れば解るかとカーテンに手を伸ばす。
 そしたら、横から伸びた手に掴まれた。
「……中は、今アスタルテさんが見てるから」
 少年の俯きがちの顔を見て、被害者の状況が解る。
 女性。着衣無し。

 野次馬達を掻き分けて、警邏隊の面々がやって来た。
 これで、ナイツの仕事はここまで……の、はずだった。

 ……その被害者が、ハンターで無ければ。

 集会所のカウンターの向こう側。
 スタッフ及びナイツたちの控える部屋は沈痛な空気が満ちていた。

「上位入りたてか……」
 丁度、大きな壁を一つ越えた所。
 下位から上位へ。
 世界が一つ拓けたと言って良い。
 装備の意味でも、戦う相手の意味でも。
 実家通いなら解らないが、ゲストハウス住まいなら生活の意味でも。
 彼女はこれから、最も輝ける時間を過ごすはずだった。

 それを思うと、いたたまれない。
 その死亡連絡を、張り出しに行くディの心境はいかばかりか。

 沈痛な面持ちで控室を出る少年を見送るのは茶髪と金髪、蒼装束の二人組。
「ったく、真面目だねぇ……」
 ぼやくのは茶髪のバリー。
 誰が張り出しに行くか、クジで決めようとして引ったくられた。
「そのぐらい、酷かったって事じゃないですか?」
 なだめる金髪、アルトが指差した方向にはワイシャツ姿のラウルがいる。
 つまりは先ほどの着の身着のまま。
 それが椅子に寄りかかって、ぐったりと天を仰いでいる。
 何故かと言えば……。

「僕だって内臓ぶちまけーの脳漿飛び散りーの見てるのにー……何あれー……」
 遺体の損壊状況、足や腕の肉が剥ぎ取られていた、らしい。
 ついでに言えば内臓もいくつか。
 歯形のついた太股付近を残して。
「ラウルがあれって、相当だよな……」
 しかし、身元が解る程度には肉が残っていた。
 白骨死体の方がまだマシだ。
 いや、実物を見てさえしまえば、想像に煩わされる事も無いのではなかろうか。
「その詳細を、ばっちり見ちまうのもどうかと」
 バリーがディから無理に聞き出し、アルトが吐いたのはまた別な話。
 守衛から話が回って来たのはその後だ。

「つーかジャッシュさんどうしたジャッシュさん」
「報告聞いた後、真っ青になって家向かいましたけど」
 行方不明者の捜索に出た直後に娘が遭難。
 その行方不明者が食われて街に転がっていた。
 心配な気持ちは解るが……。
「ああなると……タダのバカだな」
「マイラちゃんも苦労しますね……」
 今頃家で不毛な攻防戦でもしているのではないだろうか。
 溜息とからかいついでに様子を見に行こうと思った時だ。

「アンタ達は何してたんだ!」
 酒場から響いて来たのは、悲痛な叫び。

 そっと覗いて見れば、白い皮鎧の男に掴み掛られる少年ナイト。
「身内、居ましたっけ?」
「狩り仲間ぐらいいるだろ」
 掴みかたを間違えたのか、腰辺りにすがりついて泣く男。
 いたたまれないのか、目を反らす少年ナイト。

 音もなく二人の後ろに立っていたのは、ナイツ筆頭。
「アレを、良く見ておけ」
 覗き込む二人は思う。
 あれが、人としては正しいと。
 何時から、人の死に鈍感になってしまうのだろうと。
 ……むしろ、そう思わぬような輩なら後ろの男に切られるのではないかと。

 男はどれほど縋り付いていただろうか。
 なだめることも慰める事も出来ないまま、少年は立ち竦んでいた。
 その有様は、酒場が静まり返るのには十分。
 けれど少年の表情に狼狽は無く、ただ、神妙なだけ。

 その日の酒場は少し静かだったように思う。
 少なくとも、採集ツアーの数が減ったのは確か。
 出先で行方不明になった人間が、街に転がっていた。
 その理由を、彼等ナイツはよく知っている。

 その日の夕方。街が夕暮れ色に染まる頃。
 少年ナイトが訪れたのは住宅街。
 白壁、平屋、庭付きが当たり前の、比較的裕福な区域。
 その一つ。
 ネムリ草やら薬草やらが植えられたプランターの並ぶ庭。
 窓の向こうに見えるのは見慣れた顔。
 何かを懇願するジャッシュと、全く意に介さないマイラ。
 内容を容易に察することが出来る故に、その光景は安堵を呼ぶ。

 庭を横切っても咎める者は誰も居ない。
 ……普段の格好であれば、いつもの事で済ませる隣人もいそうであはある。
 けれど、人通りが無くなるにはまだ早い時間。
 ナイツが居るというのに誰も気に留めないのはどうした物か。

 窓を小突くと、はっと目を輝かせるマイラ。
 ここで顔を窓にくっつけなければ、カワイイで終わるんだろうに。
 机の上に置かれているのは文面からして、嘆願書。
 転がっている紙くずは苦労の後、立てられたペンにそれが決定稿と知る。
「なあマイラ。それ届けてやるからさ、姉貴の様子見て来てくんねーか?」
 マイラは一回ぱちくりと瞬きすると暫し考え、不承不承従う事にしたようだ。

 出かける支度を整える娘。
 やりとりを見ていた養父は複雑。憮然とした表情で少年を見る。
 応える目がニヤリと笑って、またすぐ遠くを見る。
 この後言い渡される仕事と、その意味を解っていたから。

 ……その日の月は、少しばかり痩せていた。

 けれども晴天。時計塔の屋根の上、赤と黒を照らすには十分な光量。
 ラウルの構える銃、スコープの中心に映る青装束、揺れる青の羽帽子。
「別にさぁ、マイラちゃん疎開させる必要無かったんじゃないのぉ?」
「……アイツが、自分で勧めた」
 応えるジャッシュの声は低い。
 もっとも、弾むような声など聞いた事も無いが。

「わっかんないなぁ。どーせ現実なんて変わりゃしないのに」
「……心情の問題だ」
 おどけた声への返答は溜め息。
「要は怖いんだね」
 その返答は、吐き棄てるように。

 途絶えた会話。
 ラウルの指が青装束の姿をつつく。
 言って来い、と言う意味で。
 ジャッシュはそれに無言で応える。
 それを見送り、ラウルは再びスコープを覗く。
「ったく……子どもの方がよっぽど覚悟決まってるじゃんか」

 照準に収まっている範囲は半径およそ二十メートル。
 何処から餌に食い付いても狙撃出来る範囲。
 そこに意識を置いたまま、月の届かぬ先に声をかける。
「騙されたと思われる事は無いから安心して良いよ」
 深い闇に身を潜める、もう一人の黒装束。
「……そんなんじや、何させたいかなんて皆解るよ」
 溜め息をつけないのがもどかしい。
 円の中に、もう一つ動く物を見付けてしまったから。

 スコープの先、ディに近付くのは昼間の男だ。
「……やあ、昼に会ったね」
「どうしたんですか……こんな時間に」
 会話はぎこちなく、けれど当たり前のように並んで歩く。
「何も手につかなくてね……食事も喉を通らない」
 男の方が、やや後ろか。
 ナイツに背後を取られたくない気持も、解らなくはないが。

 ……ディは、握った拳を無理矢理解いた。
 最も許せないと思う相手にこそ冷静に。
「すぐに捕まえてやりますよ。俺だって、あんなの野放しにしたくない」
 あんなナイツ筆頭でも、この手の造詣に関してだけは信用できる。
 気付けば歩いているのは、月の光の届かぬ路地。

 誰も気付かない。
 口の端を吊り上げた「狩人」に。

 誰の目も届かない路地。
 そこに踏み込んで、溜め息を一つ。
 ふと、僅かな月明かりも遮られる。
 背後の動き、小振りな槌を振り上げる後ろの男。

 事の把握より体が動く方が速かった。

「あっ、ぶね……っ!!」
 その場を飛び退いたのは本能。
 かすめた鎚が砕く石畳。
「あれェ? バレちゃった」

 男の右手には槌、左手には簡素な直刀。
「……それは骨を砕く道具じゃねえだろ」
「筋を切るのはこの後さ」
 その表情に、仲間を失った悲哀は欠片も無かった。
 その視線は、例えて言うなら飛竜に睨まれた時のアレ。
 絡み付くような粘りは、嫌な記憶を呼び覚ます。

 だから、何に応えるでなく無言で構える水晶の双剣。
「はは。プロは違うね」
 ……気味が悪い。
 敵意も殺気も凶器も無く、ただ習慣として人を狩る。
「でも気付いてたんなら、アソコで殺ってれば良かったのに」
「気のせいであって欲しかった」
 絶たれた未来と、裏切りの痛みはいかばかりか。

 ――恋人との一時は甘い。
 ――屈辱の記憶は苦い。
 ――なら、恐怖の絶頂はどんな味?

 最初はファンゴの胎児だった。
 怠惰な狩りに飽き、戯れに竜の驚異を退けた辺境の村。
 祭りで振る舞われた、柔らかい肉の感触は今も歯に残っている。
 それが美食の始まり。
 厄介者のファンゴがアタリ付きの宝箱に見えて来た。
 獲物の食えそうな部分を、こっそり切り出すのは細やかな趣味だった。

 何時頃だったか……リオレイア討伐依頼を受けたのは。
 けれども、居たのはまだ若いリオレウス。
 巣立ちを控えた我が子の狩りを見守る母親。
 その相手には、男は少々強すぎた。
 帰りに巣に立ち寄ったのは、卵の一つもないかと思ったから。

 卵は無かった。
 既にヒナが孵っていたから。

 母と兄の死も知らず「餌」にがっつくヒナは、良く肥えていた。
 横たわるのは太股を食い千切られた少女。
 あの子供の獲物だろうか。息はあっても、もう助からない。
 口を付いて出た言葉は……。
「それ、美味しい?」

 ――極上の獲物だった。
 ――ナイツに追われる事もいとわない程の。

 向こうから来るならいっそと思っていた頃だ。
 目の前に現れたのは、都合の良い事にまだ若い新人。
 当てるつもりの鎚さえ避ける身のこなしは流石だが、今一つ切り込みが浅い。
 狩りの相手としては手頃だ。

「ホラホラどうしました?」
 交互に振るわれる槌と剣。水晶の剣は受け止めることなく流していく。
 空振った槌はけれど、壁に打ち込まれる事無く振るわれる。

 立ち位置だけを見るから男が押している。
 少年は援護の望めない路地の奥へ追い詰められていく。
 けれど、どこか哀れみを含んだ冷めた紫の瞳は変わらない。

 それが恐怖に歪むのを見てみたい。
「……何人殺ったの?」
「君は今まで狩った獲物の数を覚えているかな?」
「イャンクック九百九十……」
「いえ結構」
 思うほど生真面目な少年では無かった。

「……チッ」
 舌打ちは、言葉を遮られた事に対してでは無いだろう。
「何を怒ってるんだい。君だって、僕を狩りに来たんだろう?」
 少年はまた無言に戻る。
 人殺しに慣れていない。
 抵抗してくるのもいたが、その躊躇い故に狩られたのもいる。

 狩れる。
 小振りなのが何とも残念だが、美味な部位は少ないのが常だ。
「何を脅える必要があるの。獲物が人に変わっただけじゃないか」
 そう。何も違わない。
 食うために狩るし、狩られそうになれば脅える。
 目深に被った帽子の下で、どんな表情をしているのか。
 動揺、脅え、それとも義憤?
 一番最後を期待したい。でなければナイツに的を絞った意味がないから。

 帽子の下から覗くのは、相変わらず静かな哀れみの色。
 元々の性格か、ソレがナイツのナイツたる所以か。
 ソレではダメだ。ソレでは面白くない。
 焼けるような憎悪を、耳に心地よく響く悲鳴を、腹の底に届くような苦悶を。

 ――それは例えば、藻掻く蜂の毒が蜜に深みを与えるような。
 ――他者の苦悶が極上の美酒になる。

「無防備な奴が狩られるのは当たり前だろう?」
 必要以上の挑発は飽きられる。
 確実に、相手の心をかき乱す一言を探す。

「君が女の子なら良かったんだけどね」
 義憤か自尊心か。チラリと見えた怒りの色を見逃さない。
 思わせぶりに舌なめずりする。ぴくりと振れた剣を叩き落とせた。
 それでいい。

 思い出したのは、あの時の雌火竜。

 平静を欠いた者は必ずどこかに綻びが出る。
 そこから突き崩して、ゆっくり「料理」してやればいい。
 焼けるような憎悪を、耳に心地よく響く悲鳴を、腹の底に届くような苦悶を。

 片手の開いた双剣使いなどどうと言うことはない。
 少年の背が壁に付く。袋小路。もう終わりだと思った。
 物足りないとさえ思っていた。

 男が槌を振り上げる。
 肩の辺りで、ぷつんと音が鳴る。

 はて? とは思ったがそれだけ。
 叩き込まれるはずだった槌は、紙一重で避けられた。
 多少動いたぐらいなら、直ぐに微調整できる位置のはずだった。

 タン……ッ!

 少年が距離を詰める。
「狩り返されても文句はないな」
 横殴りに吹っ飛ばせる位置のはずなのに出来なかった。
「ランゴに刺された事は?」
 目に浮かぶのは哀れみ。声に感じる笑み。

 音の鳴った肩。少年が手をかけると、今度は明らかに何か切り裂かれた。
「ファンゴに小突かれた事は?」
 肩から引き抜かれたのは、果物ナイフほどの刃物。
 スレスレを掠めた足が、具足に刺さっていた何かを蹴り飛ばす。
 金属の破片に混じって落ちる琥珀色の欠片。麻痺無効の装飾品。

 振り上げようとした腕が動かない。軸にしようとした足が廻らない。
 自由だった手をねじり上げられ、その関節が玩具のように外れてしまう。

 哀れみを含んだ瞳の狩人は、口の端だけ吊り上げていた。
「悪いね、コックさん」
 凍り付くような微笑、耳を振るわせる侮蔑、射貫くような視線。
 片方の頬肉を諦めてまで恐怖の形相を街に転がしたのは、元々その為だったから。

 ――それは例えば、藻掻く蜂の毒が蜜に深みを与えるような。
 ――けれども、毒はやはり毒なのだ。

 それが自分の舌でなく、心の臓に至ろうとしている。
 言葉の終わりと共に石畳とキス。
 残る関節も恐ろしい程の手際で外され、体の自由は完全に失われた。

「は……はは。何時投げたんだい……ドクター……」
「……肩は最初。足はさっき」
 足は僅かに補強された金属部分を貫通していた。
 肩は……保護しきれない部分に正確に突き刺さっていた。
「な、なんで……」
 いつでも、鎧の上から急所を付けた。致死性の物なら一瞬で勝負が付いた。
 いや、そんな甘ちゃんだからこそ、旨そうだと思ったのに。

「……一回で足りるか」
 気がつけば、痛覚の無くなった半身。
 そのまま縄も掛けられないことに抱いた疑問は、直ぐに解消された。
 屋根の上からの着地、路地の向こうからの足音。
 少なくとも三人分。

「お前も結構えぐいな」
「どーせ俺がしくったら袋にする予定だったんだろうに」
 一人目は同じ蒼装束の若い剣士。髪は帽子を目深に被っていて解らない。
「仕留め損ねたか、それともワザとか?」
「……麻痺無効で効果が止まってたから、スロット部分壊してみた」
 二人目は黒髪黒装束、厳つい壮年の男。
 縄で自分を拘束する三人目の姿は確認出来ない。
「しかし一日で解っちゃうもんですかね」
「……一緒だったから」
「はい?」

「感じが、獲物を見付けた飛竜と、一緒だったから……」
 そして少年は呟く。気のせいであってほしかった、と。

 男は哀れみの意味を理解する。
 自分は、とうの昔に網に掛かった獲物だったと。
 自分は、手頃な初陣の相手に過ぎなかったのだと。
 狩り返した所で、否、そうなる前に自分が狩られる運命だったと。

「……意外と、何も思わないもんだな」
「哀しいかな。その違和感にどんどん慣れていっちまうのよ」

 ……男は、否、この場にいる誰もが気付かなかった。
 遙か遠方の屋根から、自分たちをスコープ越しに覗き込む二人組に。

「はい。初任務はつつがなく終了いたしました〜」
 間延びした声の赤装束とは対照的に……。
「……おじさん?」
 そう呼ばれた黒装束は屋根の片隅で頭を抱えている。むしろ凹んでいる。
 それは何も、両腕の関節破壊に至ったことではあるまい。
 このナイツ筆頭なら、もっとえぐいことを多分やる。
 それこそ平然と、骨の数本ぐらいはへし折るのではなかろうか。

「なぁラウル〜……ディフィーグってさぁ……ああいうタイプだったっけぇ?」
「そだよ。現地調合出来ない分手持ち品最大限活用するタイプ」 
 元々ナイトスーツは色々仕込める仕様だからしょうがないよね。
 そう呟くラウルを横に、未だ凹むナイツ筆頭。
「全く、なーに子供に夢見てんだか」
 大きく伸びをしたそのアゴに、すらりと伸びる細身の刃。
「……夢も見られなくなったら墜ちるだけだ」
 それでもラウルは動じない。

「あの店の日溜まりも甘いお菓子も、ナイツ筆頭は全て夢だとおっしゃいますか」
「……この減らず口め」