ソイツは、納得が行かなかった。
 自分は、誰より強いはずだった。

 ……そのはずだったのに。

 ケチの付き初めは、雪山で小さな生き物を仕留め損なった時。
 追い掛けようとしたら、脇腹をざっくりやったはずの黒いチビにズタボロにされて尻尾まで斬られた。
 その後自分の爪を見たらボロボロになってた。

 砂漠に戻って見たら、あの子が小さな生き物に殺されてた。
 そいつらはズタズタの挽き肉にしてやった。
 きっと寝てる所を狙って来たんだ。
 アイツら小さいから、きっと何処でも入り込む。

 そう思ったのに……たった四匹に良いようにされた。

 あっちゃいけない。
 こんな事あっちゃいけない。
 一番強いのは自分のはずなんだ。

 ……そんなソイツの向こうを、竜車の一団が横切った。

     ――――『騎士の娘、遭難する』――――
              砂漠の災難

 私、マイラ=グローリーは、ミケ姉さんと一緒にちょっと遠出してきました。
 せっかくクックさんを倒せるようになったのに今は温暖期。
 次のステップである砂漠の狩り場にはまだ行けません。

 向かったのは砂漠に近い密林地帯。
 半日かけて本物の砂漠をちょっと横切って、もう半日かけた先。
 行商馬車のお世話になって。
 馬車ですよ馬車。セレブです……と思ったら、このコブつきさんはラクダと言うそうです。
 ちなみ私も護衛です……ちょっと彼に近づけた気分。
 と言うわけで、お誕生日に彼から貰った氷結晶の髪飾りでおしゃれです。

 ちなみに、選んだ依頼はカンタロスの大量駆除。
 カンタロス防具には耳栓スキルが付くので、来るべき時に備えてとでも言いますか。
 正直あのガルルガさんの咆吼は、ちょっとしたトラウマものです……。

 本当はダイミョウザザミの討伐にも挑んでみたかったのですが断念。
 コチラをチラっと見て、すぐ自分の食事に戻ってしまう姿が可愛く見えてしまって……てへへ。
 むやみに狩るばかりがハンターではありません。うん。
 カンタロス駆除のついでに、闘技場用のにが虫とかも採集採集。
「うふふ、今回は大猟ね」
 道具袋はパンパンです。

「はっはっは、上手くいったか。そりゃあ頼もしい」
 行きも帰りも同じ行商人さん。
 依頼主の農場主さんはこの人のお嬢さんなんですって。
 だから護衛は名目だけで、私はお世話になりっぱなし。
「所でもう折り返し、あと二時間あるけど喉は大丈夫かい?」
 それは例えば、この人の肩にたすきにかけられた革袋のお水とか。
 でもこれ、よくよく見たらゲリョスの上皮……やっぱりセレブです。
 中に氷結晶でも入っているのか、ものすっごく冷たくて美味しいです。

 本当の護衛は左右の馬車なのですよ。
 私もいつかは、何が来たって大丈夫って胸を張れるようになりたいです。

 ……いつかは。
 ソイツは、そんな事を考えている時にやって来た。

 ドッ……ゴシャッ!!」

 最初は地響きを伴うそんな音と、右から舞い上がる砂から始まった。
 見ればそこにはひしゃげた馬車が。
 覆い被さるような多量の砂。その下からにじみ出る赤。

 背筋が走る寒気に促されて見た先に青。
 ちらっと見えた青。
 私が見たのはそれだけ。

「お嬢ちゃん、乗って!!」
 次の瞬間、私はラクダさんの背中投げ込まれていたから。
 続いてミケ姉さんが私の後ろ。
 更にアイアンストライク……ごめんねラクダさん頑張れラクダさん。
 最後に商人さんが乗ろうとしていた気がする。

 後ろは見えなかった。
 見れなかった。

 それより先に、馬車が壊れる音を聞いてしまったから。
 何か、プチッと切れる音を聞いたのは、気のせいでしょうか?

 悲鳴、砲撃、破砕音、悲鳴。
 十分だった。
 何が起ったか知るのに十分だった。
 悲鳴、破砕音、悲鳴。

 ラクダは慌てて走り回ってる。
 上手に手綱を引くのはミケ姉さん。
 私の視界一杯にラクダさんの首。

 そこに色々な物がぶら下がっている中、ソレを見付けた。
 手を伸ばす、伸ばす、伸ばす。
 ソレを掴んだとき、横の袋から何かがポロッと……。

 着地と同時に、ばっと白い光が走る。
 好都合です!!

 パァ〜プゥ〜

 ……渾身の思いで吹いた「角笛」は、ちょっと気の抜けた音がしました。
「マイラちゃんマイラちゃん」
「何ですかミケ姉さん?」
「アイツ、閃光見てなかったわよ」
「は……」
 イの発音より早く、私達の両サイドを抜けた何か……。
 砕けた音から察するに、岩か何かですか?
「あ、あの……もしかして……」
「マイラちゃん、考えてやった?」
 今なら言えます。
 なーんにもって。

 見る事は出来なくとも、気迫って伝わる物なんですね。
 竜さん、特に唸ってるわけじゃないんですよ。
 唸っててもこの耳まで届いていないんですよ。
 でも、ああ、こっちに向かってくるって言う事だけ痛いほど伝わってきて……。

「逃げるわよーっ!!」
「はいーっ!!」
 マイラ=グローリー十三歳と二ヶ月。まだ死にたくありませんーっ!!

 見てないっ、見えてないっ、と言うか怖くて見れませんっ!!
 でも来てる、来てる、追って来てますっ!!
 あ……今横で砂煙巻き上がった。
 ちらっと見たら見えました。一瞬見えました。
 血走った目でこっち見る黄色い竜さん。

 ものっすごく至近距離です。
 あの大きな口が、私の真横でガッチンって……。
 ダメと思いました。死ぬと思いました。
 飛び出す準備の方が良いと解っていながらラクダさんにしがみつきました。

 その時、黄色い竜さんがピタリと動きを止めたんです。
 ラクダさんは走り続けて、ふっと冷たい空気の中に入りました。
 日の光が途絶えて、水の音が聞こえて、そこが洞窟と解りました。
「よぉ、大丈夫だったかい?」
 と、声がしたのは後ろの方から。

 いたのは、麻のマントを羽織った金髪の……無精髭なおじさん。
 脇に抱えている、桜色の鱗がで補強されたボウガンの名前を私は知らない。
「さ、今のうちに奥へ。急ぐぞ」
 ただ、誰かに似ていたんです。誰かに……誰でしょう。

 ちらりと外を見ると、体に比べて小さな後ろ足をこっちに向けた竜さんが何かをガツガツ。
 ラクダさんから降りたとき、マントの下の鎧が見えました。
 ディ君のと似ているようで、ちょっと違うハンターシリーズ。
「あ、あの、ありがとうございました」
「お陰で助かったわ〜」
「礼は後、さっさと抜けねぇと凍えるぜ」
 ……降りて早々、おじさんに持ち上げられて再び騎乗。
 ラクダさんが「ゲー」と鳴いてました……ごめんなさい。

「ちょっと汗臭いかもしんねぇけど勘弁な」
「帰れたら良いコロン教えてあげます」
「ははっ。手厳しいねぇ、気に入った!!」
 言うが早いか、手綱を打つと走り出すラクダさん。
 狭いと思っていた洞窟は意外と広く、空気は寒冷期のただなかのよう。
 冷たい風が肌を刺す痛みより、私は青い壁面に夢中になっていました。
「すごい……」
「な。徒歩だとみとれてる間に天使像の出来上がり」

 むむむ、なかなか口の上手い人のようです。
 駄目ですよ。私にはディ君がいるんですからっ。
「そらっ、跳ぶぞっ」
 はい?
 尋ねる間も無く、ぐわっとお腹が浮かぶ感覚がして……。

 とさっ……。

 見事な、着地でした。
 振り向けばちょっと広めの亀裂。
 ううーん。格好良いオジサマ、悪くないです。
「なーに。ミケ姉さんには負けるよ」
「あら、自己紹介したかしら?」
「狩りに生きるの特別号。なーにがハンターなんて無理だったのよ、だ」
 ……今やカイザーNセット着込んで、バリバリですものねえ。

 そのまま進んだ先は、洞窟の中に出来た小さな小部屋。
 砂の絨毯、青い壁面にぽっかり開いた穴が窓。
 おじさんの荷物とおぼしき包みが即席ベッドでしょうか。
 奥にはまるで番人のように、敬礼でもするかのように片羽を広げる鳥の象。
 その横から、涼しい風が流れ込んできます。

 ラクダさんは一番あったかい日向へ。
 私やミケ姉さんの武器防具はその横に。
 おじさんは、一番奥の荷物の上にどっかりと。
 その中心にテーブル代わりの木箱をドサッと乗せて、クロス代わりの布被せ。

「ようこそ、龍の巣へ」
「龍の……巣?」
「壁、触ってみな」
 言われるまま触ってみるとスベスベ。
 ヒビ割れや風化はありますが、まるで何かで磨いたよう。
「ガキの頃ここには絶対何かいる、もしくはいたはずだって皆で言ってた」
 それで龍の巣……中々に粋なセンスしてますね。

「ま、適当なとこに腰掛けてくれ。怖い思いして腹減っただろ?」
 投げて寄越されたのは、ちょっとボロボロだけど綺麗な布。
 適当な所に敷物代わりにかけて腰を下ろしたら……なんだか急に生きた心地がして……。
 気になったのは商人さん達。
 耳に木霊するのはあの、プチッと言う音。
 胸をチクリと刺すのは、自分だけ逃げてしまった罪の意識。
 そして、彼ならどうしただろうと考えてしまう自分の情けなさ。
「マイラちゃん……」
 それだって、結局ミケ姉さんのおかげで……。

 おじさんが、奥にある一際大きな箱を漁りながら言いました。
「お仲間なら多分大丈夫だ」
「はい……?」
「奴は執念深い。数日は嬢ちゃんを狙ってあそこに陣取るはずだ」
 ……この時感じた不安と安堵。
 どちらが優先されるべきだったのでしょうか。
「商隊か何かが襲われて、勢いで囮とかそんな所だろ?」
 まだ終わらぬ命の危険。そこそ自分が誰かを守れている証明。
「そんな立派なラクダ持ってるんだ。連絡や野営の準備ぐらい……と、肉がたんねぇなぁー」
 元気付けてくれようとしてくれる心使いが嬉しくて、痛い。
 顔を上げれば、にっと笑った顔が……横向いてました。
 何だろうと思って見てみると、ラクダさんって……。

「ま、まままま待って下さーいっ!!」
 い、いくら何でもこの子は食べちゃ駄目ですーっ!!
「コブの部分とか、歯応え独特そうじゃね?」
「駄目っ! 絶対駄目ですっ!!」
「駄目?」
「駄目っ!!」
 この子も命の恩人さんなんですからっ!!
 て……あれ。ラクダですけど恩「人」で良いのでしょうか?
「でも、悪く無いかも……」
 ミケ姉さんまでーっ!?

「と、半ば本気になっちまうぐらい肉が無い」
 テーブルの上に並べられたのは、スライスサボテンとお魚と、米虫、唐辛子。
 変わり種ではスパイスワームと熱帯イチゴ……ポーチに氷結晶ありましたっけ?

 んで、どうなったかって言うと……。

「っかぁー。うめぇー」
「やーっぱ暑い時はコレよねぇー」
 もちろん美味しく頂きました。
「あら、顔に似合わず甘党?」
「いやーここ数日同じモンばっかだったから」
 スライスサボテンとピリ辛系香辛料ばかり……う〜ん。確かに飽きそうです。
「イチゴも生だと酸っぱい酸っぱい」
 箱の一つをひっくり返すと、見上げるようなイチゴの山が……。
「ジャムにしちゃった方が良いのでは……?」
「おう、何に塗っても合わなくて没にした」
 それはそれは……。

 でも、イチゴのお陰で体がキューッと冷えているので、お肉の調達はやっぱり行く事に。
 奥の穴の先に、岩場に囲まれた水場があるそうです。
 とある事情につき黄色い竜さんは入って来れないんだとか。
「アプケロスさんでもいるのですか?」
「いーや、残念ながらアイツのお陰で逃げちまってるが……いやマテ」
 ちらりと見たのは、ミケ姉さんのマッサージを受けてご満悦のラクダさん。
「コイツの足なら奴さんに気付かれる前に、往復出来るか……」

 ラクダさん、粘液べっ。

 いえ、実際にはただの唾液だったわけなんですが。
「うわ……」
「あんな事言うから……」
 本当に、粘液としか表現できないような状態で……臭います。
 立ち上がる気配も全くなくて、頼るのはちょっと無理みたい。
 とりあえず臭うおじさんと一緒に……。

「んなツラで見なく立って解る……ちっと洗ってくらぁ……」
 どうやら、あの鳥の彫像の向こうが水場だったみたいで。
 何が哀しくて氷結晶イチゴ囓った後に寒い洞窟へってぼやいてました。

 私もちょっとお邪魔しようと思って、気付いたんです。
 ひんやりとした空気は、鳥の彫像から流れている事に。
 その彫像の台座部分が、剣のグリップになっていると言う事に。
 ……台座の為に補強されていた部分のに、赤い物が滲んでいる事に。

 洞窟の中は、そんなに涼しくありませんでした。
 入り込む風には嫌な温さがあるぐらい。
 滝が小さな、洗面所サイズの段差を作っていて、おじさんは下の水場でごしごし顔を。

「その剣はダチのだ。夜はコイツを突き立てて暖にする」
 そう言って奥から取り出した包みには、熱した鉄のような色の片手剣。
 豪剣アグニ、紅蓮石を使って作る片手剣ですね。

 そういえば、まだお名前を伺っていませんでした。
「あの、私はマイラ=グローリーと言います」
「おう、俺はニクロスだ。よろしくな、嬢ちゃん」
 ……せめて名前で呼んで下さいよ。

 私も喉が渇いたと言うと、上の段差のを勧められました。
 ……元よりそのつもりでしたけども。
 でも正直なところ、下の水場に思いっきり頭突っ込んでみたいです。
 気持ちよさそうなんですよねえ、小さな、洗面所サイズのより。

「ん。なんならおっちゃんが水着見繕ってやろうか?」
「い、いりませんっ!!」
「安心しろ。俺は巨乳派」
 池に蹴り落としてやりました。

「いきなり何しやがるーっ!!」
 ま、当然怒るんですけどね。怖くなかったんですよ。全然。
 怖いと思うわけが無いんです。
 もちろん、本気でなかった事もありますが……。
「ニクロスさん……」
「んだよ……」
 振り上げた手にも、鎧の隙間にも、一体何処に居たのかと言うほど……。
「大漁です……」
 お魚さんがビチビチと。

「いやしかし、肉焼きセットじゃ魚は焼けないぞ。アグニだと一瞬で炭になっちまう」
 握った手には魚がビチビチ。
 とりあえず、お魚さん放すか仕舞うかしましょうよ。
「……私、万焼きセット持ってますけど?」
「マジかっ!?」
 お肉は取りやめ。
 釣りミミズはミケ姉さんが沢山取ってありますので、急遽お魚釣りに変更っ!!

 ここが最初に通った場所のように、冷えて無くて良かったと思います。
 ただ何も考えず、見つめるのは澄んだ水の中に垂らした糸の先。
 くいっと引っ張った瞬間に……。
「はいっ!!」
 はじけイワシが釣れましたっ。ニクロスさんに渡してさっさと次へ。
「はいっ」
 ハレツアロワナが釣れました。ニクロスさんに渡して……。

 と、こんな事を一心不乱に繰り返し。
 肌寒さを感じて洞窟の入り口の方を見ると、すっかり暗くなっていました。
 流石に夜になると冷え込むと言う事で「龍の巣」へ撤退。
 鳥の彫像に布をかけて、代わりにアグニを突き立て暖房代わり。
 剣と盾の二段構えで、入ってくる風はちょっと肌寒いぐらい。

 と言うわけで、お夕飯なんですが……。
「旨ぇ、旨ぇよぉ……」
 ……いい年したオジサンが、涙流して喜んでます。
 ニクロスさんの肉焼きセットは、お魚焼くように出来てなかったんですよね。
 アレは切り出した骨を乗っけるぐらいしかできませんから、お魚さんは焼けません。
「人助けってするもんだよ、いやマジで。ラクダに乗った天使様だほんと」
 もっとも、自分の焼いた魚をこんな美味しそうに食べて貰って、私もまんざらではありませんでしたが。
 私も一匹……うん。美味しい。

 釣り上げた側から焼いては食べて。
 お魚その物は入れ食い状態。
 それを焼けなかったと言うのだからニクロスさんの歯がゆさ、推し量るべし。
 こうしている間にお月様はどんどん高く。
 肌寒いを通り越して、凍えそうになったところで就寝時間です。
 夜の砂漠は……もの凄く静かでした。

 装備のお陰で自動マーキングのスキルが発動しているニクロスさん。
 寝る前に聞いてみたんです。
 彼曰くあの竜さん、ずーっと入り口の岩引っ掻いたり何かしてたそうです。
 その間、商隊の皆さんは無事だったと言う事。
 温度差にやられていない限りは、今頃砂漠を抜けているだろうとの事。

 こうして、私の一週間に渡る遭難生活が始まったのでした……。