砲撃の音も聞こえなくなってきました。
 金色の海原。ぽつんと立つ私達。
 紫色の視線は冷たく突き刺さっていて。
「あの時は、一人ぐらい生きててくれないかと思ったんだがな」
 拳銃なんて持ち出すから、色々ばれちゃった感じです。

 私を押さえる震える腕は、何時誤って引金を引いてしまうとも解らなくて。
 でも、そのどちらも嫌。
 なのに、怖くて動けない。

 目の前にいるのは、ディ君なのに……。

 助けられた癖に脅える、物語の主人公を突き放すような子にはなりたくなかったのに。
 最悪ニクロスさんが斬られてしまうかもしれないから?
 ……それとも、現実何てこんなモノですか?

 こんな状態で、なんと言葉を紡げばいいのでしょう。
 こんな状況で、どう動けばいいのでしょう。

 背中を、冷たい汗が伝う。
 なのに、日差しとは違う何かがジリジリと肌を焼く。
 違うと言いたい。けれどソレすら許してくれない。

 怖かった。
 何かの拍子に引金を引いてしまうかもしれない。
 それより先に察した彼が動くかもしれない。
 それでも動けなかったのに……。

 ああどうか、私に……勇気を下さい。


   ――――『騎士の娘、遭難する』――――
            命に報いを

 怖かった。
 何かの拍子に引金を引いてしまうかもしれない。
 それより先に察した彼が動くかもしれない。

 やるべき事は解っています。
 この人はただ脅えているだけなんだって伝えること。
 急がないといけない。
 ナイツが腰に剣を差すのは、速やかに抜くためだから。
 チリチリと肌を焼くような、けれども冷たい空気。
 多分、いつでも出来るんだと思います。

 ……ニクロスさんだけを、殺してしまう事ぐらい。

 だから、体をぴったりくっつけるぐらいしか抵抗する方法が無くて。
 けれど、胸から上の急所を守る盾になるのに私は……あまりに小さい。
 ……日頃背丈のことで嘆く彼。
 そんなのと比べものにならないくらい、私は自分の背丈を悔やみたい。

 彼が、事の次第を知ったら、自分が原因と知ったら。
 どうなってしまうのか、恐くて想像が付かないもの。

 向こうで砂の音がして、チラリと見てみる。
 事の次第を理解していないらしいシュガー君が首かしげ。
 その足元の、赤い影が見えてしまって……。

 あはははは……もの凄く失礼ですよねー。
 それで動く決心がついちゃったって。
 でも迷ってたらあの人、絶対ニクロスさんの頭ぶち抜きます。
 背中を押すには、賭けにでるにはそれだけで十分。

 動作に必要な時間は一秒足らず。

 彼がチラリとラウルさんを睨んだ時から始まった一秒。
 その一秒を、私は正確には把握していません。

 砂の舞う音。目の前に迫る彼の顔。
 私の手の平はラウルさんの方。
 いつか当人がしたように、掌を向けて「待て」の意思表示。
 私に銃を突きつける手を掴んで、銃口を自分に押しつけるように寄せました。
 耳元で、パリパリと聞こえる音。
 視線をずらせば、銃の、要となるであろう部分に突き刺さるのは紫電を纏う蒼い角。
 口元まで届くような荒い呼吸。目の前で震える、紫の瞳。
 背中越しに聞こえる、ニクロスさんの鼓動。

 ……賭には、勝てたようです。でもここからが本番。

 ディ君を睨むなんて夢にも思わなかった。
 震える紫眼、戸惑い、私の命だけで無く、心まで気遣ってくれた優しい彼。
「この人は、私を助けてくれました」
 けれどもその優しさ、最大限に利用させて貰います。

「今さっきもそう。クーラードリンクの切れた体に鞭打って、立ち向かおうとしてた所です」
 ……思えば、こんな事しなければただの遭難仲間で済んだのに。
 筋金入りの臆病さんにも困ったものです。
 お説教の適任者は誰でしょう。
 やっぱり私が文言を考え無いといけませんか?

「罪の報いを受けろと言うのなら、この命の報いもあっていいはずです」

 ……ディ君、ちょっと驚いた顔。
 ニクロスさんは……多分動きませんかね。
 ミケ姉さんはここから見えません。
 溜め斬りの構えに入ってない事を祈るばかりです。

 ……上手く行ったんでしょうか。それともドン引きされたのでしょうか?
 誰かが動くのを待つべきでしょうか?
 まだ私が言うべき台詞があるのでしょうか。
 そんな逡巡がどれほど続いたでしょうか……。
 気が付けば、私を押さえ付けていた手が、肩に沿えられるだけになっていたのです。

「……だったら、俺がお二人煩わせちゃいけねぇよな」
 突き付けられた銃が、蒼い角のような剣に持って行かれる。
 背中に押し付けられた感触が、フッと消える。
 今まで私を縛り上げていた緊張も、また……。

「あっ……」
「おっと」

 うふふふふー……。
 イイオトコ二人に支えられるって言うのも、悪くありませんけどねー……。
 くるりと辺りを見回して見れば、微動だにしないラクダさん。
 安堵に胸をなで下ろすミケ姉さん。
 向こうでなーんか不満げなラウルさんと、大あくびしているシュガー君。
 ボウガンを肩でくるっと担いだ時でしょうか。

 ……再び凍り付く背後の気配。
 また人質とかされたらもう助けませんよ?
 直後に頭をブンブン振ったのは解ったので、それは無いようですが。
 ただ、真上を向いて見ますとどうもラウル君に釘付けのようで。

 ……顔が見える距離になった時でしょうか。
「バル、トス……?」
 その言葉の意味を理解するより先に、背中の気配がぐらりと揺れて……。

 どさり。

「え、あれ、ニクロスさんっ、さっきクーラー飲ませたじゃないですかーっ!!」
 どうして。どうして。
 どうしたらいいか解らない私の横を、すーっと横切る青い影……。
「長時間我慢してると、一本じゃ間に合わない事はあるな」
「……飲ませるだけ、無駄だったですか?」
「飲ませてなかったら、もっとヤバかった」
 そう言って、ディ君の手が私の頭に乗る。
 でもむしろ、へこんでいるのは彼の方。
 今回は私がよしよししてあげる側です。

「とりあえず、休ませるのが先だ」
 と言う事で、ラクダさんの背中にニクロスさんを乗せたんですが……。
「ラクダさーん?」
 座ったままピクリとも動きません。
 ミケ姉さんがどんなに手綱を打っても無反応。
「足やられたりとかしたか?」
「ううん。それは無いと思うんだけど……」
「ミケちゃーん、帰りますよー」
 引っ張れそうな所をグイグイしても無反応。

 困り果てた私達の上に、大きな影。
 振り向けば、ずずいっと迫る白の一本角。
「なんならシュガーに乗っけちゃおうか?」
 クリクリのお目目も、こう間近で見るとド迫力と言いますか……。
「なぁコイツ、座ったまま気絶してねえか?」
 それは、ある種の現実逃避だったのかもしれません。

 今日はニクロスさんの事もあるので、大事を取って休もうという事になりました。
 ラクダさんがアレでは、シュガー君が併走するわけにいきませんからね。

 最初、シュガー君には岩場の反対側に引っ込んで貰おうと思ったんです。
 だって、ウロさんに尻尾をかじられるわけにはいかないでしょう?
 だけど……。
「ああ、場所代払えば大丈夫だよ」
 そう言って、黄色い尻尾をひょいっと担ぐラウルさん。
 砂の下へと消えていくシュガー君。
 ……とたんに立ち上がって洞窟へ駆け込んでいくラクダさん。
 背中のニクロスさんの安否が気に掛かる所ですが……。
「気絶した……フリ?」
「むしろ置物のフリ?」

 とにかく「龍の巣」に戻ったらまずはニクロスさんの体調チェック。
 連日の熱さを活力剤なんかでしのいでたらしく……。
「……おっさん、そこに正座」
 急激な気温差とか、体温調整狂うとどうなるかを、延々と……。
 意外と口煩いタイプだったんですね、医療方面に。
 ニクロスさん、トトスに睨まれたカエル状態。
 砂漠の民みたいなものだったと言うのに……。

 ……その日の晩。
 私は、寝た「フリ」に全神経を注いでいました。
 ディ君の肩に、額を寄せるよう寄りかかって。
 その方が、私らしいと思ったから。
 お陰で、ニクロスさんとラウルさんの姿を確認できませんが。

 気のせいかもしれません。
 勘違いも甚だしいかもしれません。
 ……その子が、ナイツになるでしょうか?
 なるとして、それが憎しみに根付く事だったら、それはとても悲しい事です。

 そもそも、物凄く失礼なんですよね。
 家族の為なら躊躇い無く人を撃てる。
 そんな姿と、ラウルさんが重なったなんて……。

 邪推と思って、睡魔に白旗を上げようとした時です。
「……よぉ、起きてるんだろ?」
 バレたと思いました。
 本格的にウトウトしていたお陰で、飛び起きる事はありませんでした。
 うっかり開いた目を見咎められる事もありませんでした。
 それが幸いだったかは解りません。

「レライエ」
 次の瞬間、夜の空気より、更に冷たい気配が部屋を満たしたから。

 額を寄せた肩がビクリと震え、彼も起きている事を知る。
 冷たい気配の主は……ラウルさん。
「……良く解ったね。十八年も経って」
「テメェのツラ見てみろ。親父が化けて出た思ったぞ」
 ああ、やっぱりそうだった。
「ニクロスは痩せたね。あの頃は非常食を本気で考えてたのに」
「いやいや、そこまで肥えてなかっただろ」
 ……
ジョークがジョークに聞こえない。
 あの話を聞いてしまったからでしょうか。

「場所を変えようか」
「おう、いい場所がある」
 そーっと、私達を起こさないよう出て行く二つの気配。
 それを確認して顔を上げてみれば、うっすら開いた紫の瞳。
「……気になりますか?」
「昔の話、深く突っ込むと露骨に逃げてたから」
 言いにくい事がある。
 それはきっと、迂濶に聞いてはいけない事。
 けれども今は、好奇心の方が勝っていました。

 ラクダさんの影からこっそり顔を出したのはミケ姉さん。
「あの部屋、入り口の下までは声聞こえるわよ」
 ……て事は、昨日の話聞いてたんですね。
 さあ、二人に気付かれないよう、こっそりと。

 待機場所は入り口の下、外の月明かりが反射してほんのり届くその場所。
 光の範囲が、音の範囲。
 壁際をちょろちょろ流れる水に触れないようと思うと、少々狭い。
 水の方からディ君、私、ミケ姉さん。
 反対側の壁にぴったり……リィさんがネコにハマる理由が解ります。

 そんな私達を余所に、二人の会話が始まりました。
 奥の、月明かりの差し込む場所にでも座ってるんでしょうかね。
 確認しようとしたらまず見つかるので想像する他ありませんが。
「あの日も、ここに隠れてたんだ」
「……すまない。あの頃は、ここで俺一人篭ってた」
 始まりは、ずっと昔の心残りでしょうか。
「何で謝るの?」
「だってよ……」
 返事は、あまりにあっけらかんとした物でした。
 でもその返事だけで、あの時勇気を出して良かったと思う。

「僕はただ、皆でお腹一杯食べたかっただけだよ」
 その声は軽く、軽く。
 その言葉は重く、重く。
「だって、お前……人を……」
 横に座っていたディ君が、膝を抱える。
 ……そして小声で呟きました。「最初は……特別か」と。
 やっぱり、と言う言葉がにじみ出ていました。
「罪悪感の類なんてね、僕は最初から持ち会わせちゃいないんだ」

 中を覗き見る事は出来ませんでした。
 けれども、数秒の沈黙は何よりも雄弁に気まずさを語る。
「で、他の子達はどうしたの?」
 それを払うべくラウルさんが発した声には、希望への確信がありました。
 けれど、返ってきた声は、悲壮でした。

「……死んだよ」
 それは、私の知らない話。
 恐らくは、私に気を遣って伏せられた話。
「あの後やって来た奴に、残らず平らげられちまった」
「……そう」
 ニクロスさんの声の震えが、ここまで届くのです。
 横にいるディ君が微かに震えて、彼も話の概要を理解していると知る。

「ったく……何でよりによってナイツ何だよ……」
「ちょっと派手にやらかしちゃってね。ナイツ・オア・ダイみたいな?」
「アイツに、情けでもかけられたか?」
「おや察しがいい」
 あっけらかんとした声に、怨嗟はこれっぽっちも入ってませんでした。

「……根に、持って無いんだな」
 心に浮かぶのは、和解できたんだという安堵。
「んー……今際の際に詫びられちゃったからねぇ」
「死んだのか?」
 そして、命の消える間際の重さを……。
「お互いそう思ってたら生きてた」
 ……それはさぞお互い気まずかったでしょう。
 とりあえず私のしんみりを返せ。

「で、その一方ニクロスは?」
「ケチな密輸の護衛兼道案内でござい」
「ホント……よりによっては、僕の台詞だよ」
 おどけた空気が続かないのは、互いの立場のせいなんでしょうか。
「ゲリョスの横っ面ひっぱたけたんだからさ。ハンターぐらいいけたろうに」
 その皮肉めいた声に、なんとなく薄ら寒い物を感じたのです。

「あんなの見て、ギルドになんて付けるかよ」
「それで、密輸の護衛かい?」
 その時、ニクロスさんがどんな反応をしたのかは解りません。
 ただ、カチャっと言う音が嫌にはっきりと聞こえて……。

「それって、真っ当に生きようとしてる人への侮辱じゃない?」
 冷たい気配が、私達を貫きました。

 それが何かは解ります。いわゆる、殺気という奴だと。
 柔らかいはずのミケ姉さんが、カチカチに固まっている。
 飛び出そうとしたディ君が、その体勢のまま動けずにいる。
 だから、あの音が銃を構えた時のそれと解りました。
 ラウルさんは……私達に気付いてた。

 響いてきたのは、私達の知らない声。
 語尾上がりの飄々とした声ではなく、射貫くような、芯の強い声。
「人を見捨てて逃げようが、ナイツにビビって子供撃ち殺そうが勝手さ」
 そこに……私の知るラウルさんはいませんでした。
「けど、弱さを盾に免罪を請うのは見苦しいだけだ」
 見えないはずなのに、射貫くような目が見えた気がしました。
 それは、気のせいでは無かった。

「なあ、レラ……」
「僕は、ラウルだ」
 見えてない私が、そう思うくらいなのですから。
 見えてるニクロスさんはいわずもがな。
「……お前、また別に許せないもんが出来ただけなんじゃないのか……?」
 射貫く、そんな言葉さえ生ぬるいような目だったのかもしれません。

「そうだよ。守りたい物もできた。その為なら気に入らない奴にだって頭を下げるし、親友の遺言だって反故に出来る」

 ぺたりと座り込んだディ君が、指を水に浸して、壁に字を書く。
 ……LAWL……LAW……法……。
 何を思ってそんな名前にしたのか……名付けられたのかもしれませんが。
 お父さんとは違う意味で、ナイツらしいナイツだったんだと思います。

「だからさ、仕事で知った密輸ルート幾つか教えてくれないかなーとか」
「……は?」
「誰がまるっと処罰したいなんて言った?」
「お前も、結構なワルに育ったな……」
 あ、やっぱりラウルさんでした。

「あの、ディ君……」
「……司”法”取引って言葉も、あるしな……」
 壁に書かれたLAWの字が、どろ〜っと溶けていきました。
 もう、乾いた笑いしか出来ないこの状況で……。

 ぶみっ

 ディ君の頭の上に、赤いブーツの足が降ってきました。
 そのままぐりぐりーっと……。
「つーわけだから、子供はさっさと寝て欲しいんだよねぇーえ?」
 思い出したのは先ほどの冷たい殺気。
 ……逆らえる理由がありません。

 私達は気付いていませんでした。
 ウロさんに払う場所代が、足りなかった事に……。

 そして翌朝……。
「ねーシュガー。いい加減機嫌直してよー」
「ギィー」
「だめよー。拗ねるなら帰ってからやりましょ。ね?」
 翌朝私達を待っていたのは、水辺に散らばる鱗。
 そして、尻尾の短くなったシュガー君の後ろ姿でした。
 助けに来てくれなかった事に酷くショックを受けている模様。
 あの部屋、外の音も聞こえなかったんですね……。

 けれども、ラクダさんにはこれ幸い。
 私とディ君は一足先にラクダさんの背に乗って出発です。
 ミケ姉さんとニクロスさん、ラウル君がシュガー君に乗る事に。

「そう言えば、あの黄色い竜さんは大丈夫ですか?」
「ああ。かなりの速度で離脱してったから、当分戻ってこねえよ」
「……それって、逃げたって事ですか?」
「だな」
 一番の臆病者は、あの竜さんに決定ですね。
 ラクダさんが背負っているのは数十枚に及ぶウロさんの鱗。
 夕べ、シュガー君が必死になって戦った戦果です。

 二人きりで砂漠を駆け抜ける。
 けれども、今日は頬が緩むような気分にはなれなかった。
「あの……昨日はありがとうございます」
「お前が動いた時は、正直ぞっとしたけどな」
 多分、アレはニクロスさんが素人だからこそ出来たんだと思います。
 ほんの数秒で、あんなに憔悴した彼なんて、初めて見ましたから。

「私はただ、命の恩人を助けたかっただけです」
 とは言ったものの、実は私が動かなくても……と思っています。
 彼なら、何もせずとも血の流れるような結果を回避したでしょうから。

「私に何か、ニクロスさんに出来ることはありますか?」
「んー……嘆願書でも書いてみるか?」
「はいっ!!」

 泣き落とし作戦、帰ったら早速実行です。
 とにかく泣ける文面を考えなくてはいけませんでした。
 ついでに……タマネギもみじん切りにしておかなくては。

 ――……だから、ここから先は私の知らない話。

 月の晩。大老殿の一角。
 赤い絨毯の敷かれた廊下を音もなく進む一つの影。
 髪は金、瞳は碧。無邪気そうな童顔に似合わぬ、血のように赤い騎士装束。
 砂漠の畔で名を馳せたガンナー、バルバトスが子、レライエ。

 今の名を、ラウルと言う。

 彼が立つのは両開きの扉。
 施された細工も既に見慣れた、ナイツ筆頭の執務室。
「おじさん、入るよ」
 返事を待つ必要はない。待つ義理も無い。
 入れば蒼い月明かりだけを頼りに、帰還直後に自分が提出した資料を読み漁る男がいる。

 実際目にしてみれば、蒼と黒はこうも違う。
 比較対象があれば、蒼い月に惑わされる事など無いのだと思う。
 顔を合わせると、なおさらに思う。
 どうしてあの人は、あの子とこの男を重ねたりしたのだろう。
「……大した男だ。一歩間違えば知りすぎたと消されるレベルの情報まである」
「そうなの?」
「細切れになったピースを組み合わせるとな、見えてくる情報があるんだよ。ご丁寧につなぎ合わせるヒントつきで」
 そこまで説明して、お前もまだまだだなと自慢げに笑う男。

「マイラの件を抜きにしても減刑に値する。が、そんな話で来たのではあるまい?」
「もちろん」
 どんな仕事であれ、終わったらさっさと寝たいのがラウルだったから。

「十八年と、二ヶ月二週間前」
 空気を変えるには、これで十分だった。
 細かい日数まで口にしたのは、自分の記憶力の誇示。
 男の顔から笑みが消える。表情が「何故今?」と語る。

「ナイツは単独行動を執らない。あの日一緒にいたのは誰?」
 ……質問の意図を、男は理解していないようだった。
 溜息は胸中にとどめる。
 どうやらこの男は、自分が殺したと、今でも本気で思っているらしい。
 けれど、自分の記憶には何一つ間違いは無かった。証言者も現れた。

「こっちに来た翌々月あたり、お前拉致られただろ」
「一人はおじさんが切り捨てて、一人シェンの酸に消えたね」
 何もかも覚えている。殺した人間の顔も、あの晩殺された人の顔も。
「……そして、お前が頭を打ち抜いた最後の一人。ソイツがそうだ」
 村人達を切り伏せ、自分に向かって剣を振り上げた、男の表情も。

 しばしの沈黙。
「今更嘘を付いても、意味があるまい」
「そう……ならいいや」
 疑われているとでも思ったのだろうか。

 くるりと踵を返し、ノブに手をかけて思う。
 十八。
 あの子の年を口にして空気が変わると言うことは、未だこの男も恐れているのだ。
 あの人と同じように。
 些細な事で冷静さをう失いかねないだろう程に。

 だから……。
「おじさんは、子供を殺してはいなかったよ」
 反論される前に部屋を出た。

「まったく……いつまで逃げるつもりだったんだか……」

 かつて、彼には守りたい人がいた。
 けれど叶わず、奪った者だけは許すまいと思っている。
 この街に来て、友達が出来た。
 自ら修羅の道に踏み込んだ子だが、それでも災禍から守りたいと思う。

 その為になら……目の前で母を切り捨てた男の、棘を抜いてやる事だってできた。