その翌日は、何も聞かなかったフリをしてました。
 と言うより……何も聞けませんでした。
 何時もに増して……暑かったものでして。

 ニクロスさんは、いつもの通りだったのでしょうか。
 正確に判断する術はありません。
「うう……」
「ほれ、クーラードリンク飲んどけ」
 私自身が、ここ四日の気温差にやられてしまっていた物ですから。
 その事を加味せずに、正直な感想を言えば、優しかったです。

 それでも、怖いと言う気持は残っていたんです。
 お父さん達が迎えに来た時、この人はどうなってしまうんだろうって……そっちの。
 考え事の場所に選んだのは、あの秘密の部屋。
 静かなそこなら、考え事に最適と思ったのですが……。
「よぉ」
 ……先客がいました。
 よりにもよって、ニクロスさん。

 と、ここで動揺してはいけませんいけません。
 ……よく考えれば、知られて困る理由は無いけれど、一応。
「ど、どうかしたんですか?」
「ちょっと昔のことを思い出しちまってよ……」
 遠くを見つめるニクロスさん。
 視線の先……小窓のように開いた穴から、蒼い月が覗いていたのです。

「……昔話をしようか」


   ――――『騎士の娘、遭難する』――――
           勇気の価値は

 ……俺の住んでいた村は砂漠の畔にあった。
 すぐ近くの火山帯から特産を運ぶキャラバンの中継地。
 農地が豊かだったんで、村の食を支えていたのはそっちだな。
 飯は自前で。ちょっとした贅沢は外からってな。
 それがある日、あっと言う間に崩れちまった。
 最初は、用水路の上流にゲリョスが住み着いたってだけだった。
 たまにある事だ。縄張り争いに負けた奴が流れつくってのは。
 ただ……その時は違ったんだよ。

 強かったし、何より多かった。
 村付きの奴一人じゃ追っつかなかったんだ。
 かと言って、外からハンターを雇うにゃ金がかかる。

 ……そんなことが続いたある日、村への侵入を許しちまってな。
 逃げ遅れた俺を庇って、そのハンターが毒液をモロに浴びたんだ。

 俺もこのまま死ぬと思ったその時だ。
 奴の脳天が、突然ボガンってね。
 最初何が起こったのか分からなかった。
 分かった後も現実を受け入れるのに時間が掛った。
 だってよ、嬢ちゃんと大して年の変わらねぇガキがヘビィ構えてんだぜ?

 でも、ソレで奮い立ったんだろうな。
 村人総出でボコったら、流石に怖じ気づいて逃げてったよ。

 まあそれでも人、物、共に被害は甚大だった。村を捨てざるを得なかったんだ。
 最初にゲリョスの被害が出てから、数ヶ月もかからなかったな……。

 水源の汚染は酷くて、真っ当な方法で手に入る食い物なんて殆んど無い。
 栄養失調と毒のコンボ……爺さん達が、真っ先に逝っちまったな。
 残ったのは……元々裕福だった俺んちで引き取ってた子供達。
 その子も、そこにいた。

 追い詰められてったよ。水が悪くなってくんだ。残った子も何人か逝った。
 そしていよいよ、最後の手段に出たんだ。

 きっかけが何なのかは俺も知らない。
 最初は大人達だけでやっていたらしい。
 だが、俺が駆り出されるのにそう時間は掛からなかった。

 そこに、俺よりも先にその子がいたんだ……狙撃手として。
 要所にデカイ一撃を与え、怯んだ所で一斉に襲い掛る。
 その子の親父が自衛の為に教えてくれてた事が、そのまま強奪の手段になった。

 ……ここを寝ぐらにしだしたのもその頃だ。

 事が終わった後は、一人この部屋に篭ってた。
 怖かったんだ。
 強奪だけに止まらなくなって行く大人達が。
 眉一つ動かさず引金を引くその子が。
 同じような奴は、その子の母親始め何人かいた。
 そいつらさえ、信じられなくなっていたんだ。

 ……サボる為に篭った事は一度も無い。
 物を運び込むには難儀な入り口だ。
 教えたって……何も困らなかったのにな。

 それから、二年ちょいかな。
 村を襲おうって話になったのは。
 目当ては、ギルドからの支援物資。
 少しぐらい頂いたってって感覚さ。

 ……まぁ、実際の所皆殺しだけどな。
 狙うべき要所は護衛のナイト。
 二人組だったが、一方は新米らしかった。
 だから、ナイツに喧嘩を売る何て無茶が通っ……。

「……顔色が悪いな。止めるか」
「いえ……続けて下さい」
「温暖期の満月……何もかも染めあげる様な、蒼い夜だった」

 ベテランの方をやっちまうと、後は余りにあっけなかった。
 ……俺自身、物資を奪う際に剣を振った。
 その場に何故か居なかった新米が戻って来る前に終らせたかった。
 余りに余った時間で、酷い事をした奴もいたらしい。
 ……炎と悲鳴の中、異様な程冷静な九歳児がいたよ。

「ニクロスさん……」
「まだ続きがある」
「私、十三です」
「え、十代!? ……あ、いや、そんな凹むな。な?」

 ……ちょろかった。
 それが全員の感想だった。
 元からの荒くれや、この一件でキレちまった奴らが次に行こうと言い出す。
 反対する奴はいなかった。
 祭りがてら起こされた火が、妙に目に染みた。
 だから、この部屋に篭ってた。
 置き去りにされたかったかもしれないな。
 それなら、逃げ出した事にならねぇから。

 ……そしたら、望みが叶っちまった。

 そろそろ戻ろうと思って外に出た時、悲鳴が聞こえて来た。
 あの時、あの場にいなかった新米だよ。

 ナイトでもガキだった。
 ガキでもナイトだった。

 一人と思って斬り掛った連中があっと言う間にミンチになった。
 ぶっ放した弾丸は尽く避けられたが……それが不味かった。
 ……お陰で、逃げ惑う連中までそいつの標的になっちまった。

 その射手には、あの子もいた。
 ヤバイと思ったんだろう。
 一人がその子を抱えて逃げようとしたんだ。
 ……逃がしてくれる程、甘い相手じゃなかったけどな。
 ソイツが足下に転がってたボウガンをぶっ放した……多分、当たったんだろう。
 縋り付くその子の母親を切り捨てて、ゆっくりラクダ追うソイツ。

 俺も追った。
 あの状況でも頭に血が上っていたのは解ったからな。
 あわよくば後ろからって……思っていたんだが……。

 いざソイツの姿が見えると、手が震えるんだよ。
 くるりと振り向いたら、間違いなく殺される。
 その時のことは今でもよく覚えてる。
 結局、その子が殺されるのを見に行くようなもんだって嗤った事も。

 とっとと逃げちまえば良かったのに、ソレも出来ずにいた。

 その後見たのは、今思うと夢かなんかじゃないかと思う。
 血の匂いに誘われたんだろう。リオレイアが一匹飛び込んで来たんだ。
 ちょうど……その新米を蹴倒す形でな。

 実際は、桜色の甲殻が月の光で白く見えただけなんだと思う。
 その新米を掴み上げて飛んでいく白い竜が、死神か何かに見えたんだよ。

 ……そこまで話して、大きな溜息を付くニクロスさん。
 何か、溜めに溜め込んでいた物を吐き出したように。

「その後……どうしたんですか?」
「……逃げちまった。俺も連れてかれる。そう思ったから」
 きっと、その子にここを教えたかったんだと思います。
 家族の為に手を汚したその子も、きっと泣いていたと思って。
「もしかしたらって思って戻ってみれば、ノビたラクダと、小さな足跡だけだった」
 歩きで、方向を間違えなくても抜けられるかどうか。
 恐らく、生きてはいないだろうとの事でした。

 そして、これは懺悔でした。
「レイアが飛んでった後、直ぐにあの子を連れてりゃよかったんだろうな……」
 私を天使と呼んだのは、何もおふざけだけでは無かった用に思います。
 そして私は、そのベテランと新米ナイトに、良く知る人の影を合わせていたのです。
「そのナイトさんの事は、今でも……」
「アレを見たら、全てが虚しくなっちまったよ」
 その声に、憎悪が無い事を知って安堵する。
「先やったのこっちだしな……ただ、今でも怖いんだ」
 その言葉に、一抹の寂しさを覚えます。
 けれど……。

「ニクロスさんは、優しいですね」
「優しかねぇよ。だったら……」
「臆病だけど、優しいです」
 その時必要だったのは、多分……。
「……勇気ってそうそう出せる物じゃないですよ」
「言うねぇ……」
「だから、貴重で希少なんだと思います」

 優しく無かったら、きっとさっさと逃げてたはずです。
 優しいから、そのナイトさんの怒りや悲しみが解って怖いんです。
「……さ、明日は早いぜ。今日にが虫取り損ねたからクーラー足りね」
「はーい」
 部屋に戻って直ぐ被せられた毛布が、とっても暖かかったです。

「所で嬢ちゃん」
「何ですか?」
「泣き落としは得意か?」
「……来るだろう人が二人ほどいますが、クックに音爆弾ぐらい有効ですよ」
 ちょっぴり悪い子の気分。

 と言う訳で、今日は朝からあのオアシスへ。
 氷結晶集めは午後からの予定。

 その、はずだったんです……。
「あ……あと五分……」
「涼しいうちに動こうと言ったのはニクロスさんです」
 意外な人がお寝坊さん。
 やれやれ、いつもは早起きさんなのに困った物です。

「ほーら起きなさい起きなさい」
 そんなニクロスさんの毛布をひっぺがすミケ姉さん。
 何だか気を許してる感じ?
 私もラクダさんも準備万端。
 あとは、ニクロスさんが手綱取ってくれるだけですよ〜。
 フフフ……髪飾りの氷結晶、下の水場で濡らした布にくるんでー……。

 ピトッ

「どわああああぁっ!?」
 はい、上手に飛び起きましたー。
 髪飾りを付け直して、ラクダさんの背中に乗って。
「出発しちゃいますよー」
 くくりつける武器は鳥の彫像を模した……剛氷大剣という奴です。
 ちょっと重たいけど、涼しいから良いですよね?

 ラクダさん、思ったより頑張りました。
 と言うか、結構平然と砂漠を駆け抜けています。
 ……ひんやりしててご機嫌でしょうか?
 それとも、バランスを取るためにぶら下げたニクロスさんのボウガンでしょうか?

 どちらにせよ、おかげさまで早めに到着。
 にが虫さん、素手で拾えるほど沢山いました。
 ミケ姉さんが、大量のにが虫に噛まれた肉球無言で持ち上げてましたけど……。
 他にも何か取れないかと、ついつい長居してしまいました。
 にが虫は大量にあるので、ちょっとクーラー飲んでいても良いと思っていたんです。
 ニクロスさんの分が有りませんけど……。
「俺が何年砂漠を歩いてると思ってんだ」
 とのこと。

 後は、洞窟で採掘に勤しめば大丈夫のはずでした。
 ラクダさんの足がピタリと止まる。
 私達の視線もピタリと止まる。

「ニクロスさん……」
「まぁ、なんだ……」
「学習ぐらいするわよね……」
「ぐひぃ〜」

 その洞窟の入り口に、あの黄色い竜さんがいたのです。
 こちらを、しっかり狙っていたのです。
「出待ちだな……」
「出待ちですね……」
「……ちゃんと視てました?」
「……悪ぃ。忘れてた」
 やってることは変わりません……まあ、こっちに来たら埋まります。
 最悪流砂に流されてお陀仏さん……私としてはその方が有り難いんですが。

 そんな私の考えを知ってかしらずか、竜さん片腕をぐぐっと後ろに引いて……。
「やべっ」
「え、ふわっ」
 くいっとニクロスさんが手綱を取って、ラクダさんが従って……。

 私達の両側を、巨大な何かがすり抜けました。

 最初、何だったのか解りませんでした。
 けれど、それがとても重くて、早くて、当たったら一溜まりもない事は解りました。

 やってる事は今までと変わりません。けれども……。
「二人ともラクダから降りな。ほれ、お前も座った座った」
 剣を日避け兼岩避けにして、どれほど凌げるのでしょうか。
 こちらに来よう物なら、砂に埋まった所を袋叩きかもしれませんけど。
「お日様……上がって来ましたね……」
「ああ……クシャでも通りがかってくれねぇかね」
 それはそれで、私達も危なそうですけど……。

 動くに動けません。
 剣はとっても冷たいのに、纏わりつく空気は暑い。

 こちらから仕掛けるには危険過ぎる相手。
 弾の精度はイマイチ。
 でも、さっきより勢いがついてる。
 ボウガンならこちらにもありますけど……リスクは大きい。

「嬢ちゃん……」
「ふ、ふふ……根比べと行きますか……」
 あははー……情けないです。
 怖くて怖くて仕方がないんです。
 そう思って、ニクロスさんの顔を見上げたんです。

「いいや」
「はい?」
 見上げたその顔には……決死の覚悟がにじみ出ていました。
 気が付けば、その手にはボウガンがしっかり握られていて……。
「俺が奴をどかす。嬢ちゃん達はその間に走りこめ」
「え……」
「あんな話して、ここでキメなきゃ男が廃るだろ」
 ニクロスさん、クーラー飲んでません。
 無理を押していることは明らかで……。

「駄目です」

 私が簡単に押さえつけられるぐらいです。
 それはもう、軽々と。冗談のつもりだったのに。

「ガキに押し倒される、趣味は、ねぇ……」
「でしたら御自分でどけて下さい」
 ひょっとしたら、何度か我慢してたのかもしれません。
 大人だから、砂漠育ちだから。きっとそんな理由で。

「マイラちゃん。もしかしなくても危険な状態よ」
 ……でしょうね。
 もうボウガンも持ち上げられない。
 私が退いても起き上がれない。
 ただ、荒い呼吸を繰り返すばかり。

 ゴシャッ

「おっとぉっ?」
「ほわぁあっ!?」
 竜さんの岩が、ミケ姉さんの支える大剣にクリーンヒット……。
 思わず頭をかばった手が、ひんやりとした何かに触れる。
 彼がくれた、氷結晶の髪飾り……。

 氷結晶……にが虫はある。
 それを先程私が飲み干した空き瓶に入れて……。
「いや……それ使っちゃ不味いだろ」
 そりゃあね、私だって惜しいですよ。
 彼がプレゼント何て、そうは無いですから。
 でも……。

「ディ君ならきっと、こうしろと言いったはずです」
 嫌われたり、悲しい顔をされる方が辛いんです。
 それでもニクロスさんの手が、私の手首を掴む。
 私の行動を阻むには頼りないですけど。
「何ですか?」
 髪飾りは瓶の中にタポン。
 せっかくなので飲んで頂きます。

「もう一匹こっちに向かってる。誰かが引き付けなきゃなんねぇ」
「だったら、尚更元気でいて下さいよ」
 そんな事言ってる間にも、そのもう一匹の姿が見えて来ました。
 砂の上を走る、白い一本角。
「モノブロスか……」
 ホントに、ついてませんね……。
 前にシュガー君を間近に見た事があります。
 何処から攻めれば良いのか解りませんでした。
 軽いアグニなら何とかなるのでしょうか。

 そう思っていたら、白い角がくるっと方向転換。
 向かう先は黄色い竜さん。
 その背中に当たる部分に、チラリと見えた赤と青。
 白い角がスゥと砂中に消えて、残ったのは赤と青。
 けれど、彼等に目を向けるより先に……。

 ザバァッ!

 砂の吹き上がる音、野太い悲鳴。
 肉の千切れる音がしたような気がしたのは多分、宙を舞う尻尾のせい。
 砂煙を晴らして追い打ちをかける白い尻尾の主は……。
「あれ、シュガー君だわ」
 じゃあ、あの竜さんに駆け寄る赤い方はラウルさん?
 ヘビィボウガンにしては軽快なような……。

 竜さんが立ち上がる。
 楽観はしていましたけどその後が凄かったんです。
 安堵の一方、泣き落としなんてゲリョスに毒煙玉なんじゃないか。
 そんな不安を忘れてしまうぐらい、凄かったんです

 突っ込んでくる竜さん、真正面に立つラウルさん。
 突進の為に大きく振り上げた手。
 その下をスルリとすり抜けて砲撃、砲撃、砲撃。

 振り返ろうとして、柔らかい砂に足を取られる竜さん。
 まるでそれを知っていたかのように降り注ぐ弾丸。
 竜さんが向かおうとする頃には、ラウルさんは突進範囲の遥か外。

 距離を詰めても大振りな攻撃の後ろで悠々リロード。
 振り向いた頭に、爆炎、爆炎、爆炎。

 余りの手際に、私はすっかり忘れていたのです。
 シュガー君から降りたもう一人の事を。
 後ろにいたニクロスさんの事を。

 肩を掴まれ、引っ張られたのは突然でした。

 くるっと回った視界。
 最初に解ったのは青い騎士装束。
 私のこめかみに押し当てられた、多分銃口。
 こちらを睨むディ君。

 ……怖かった。

 突き付けられた銃口も、突き刺さるような紫の視線も。
 でも、頭の片隅にどこか冷静な自分がいて……。

 全てを染めあげるような蒼い夜。
 そこから抜け出たような、若い騎士。

 解っちゃったんです。
 ああ、この人はまだ、怖いんだなって……。