夜の砂漠は静かで、風の音がそれを引き立てて……。
 することが無くなってしまうと、頭の中をいろんな事がぐるぐるして……。
 その中をふっと、あの商人さん達のことが過ぎったのです。
 大丈夫でしょうか。大丈夫でしょうか。思い出した途端に、恐くなったのです。
 私の頭の中に、あの「ブチッ」と言う音が再び響きだしたのです。

 夜の砂漠は、静かで……寒くて……。

 だから、ニクロスさんの声はよく聞こえました。
「下の部屋、段差の上に小部屋がある」
 多分、一目で解る状態だったんだと思います。
「あそこは何故だか音が洞窟内に響かないんだよ」
 でも、私は……。
「何でも……ありま……」
「ガキの頃、いろんな事を一人で叫んだ。秘密の部屋だ」
 反論を、一切許さない声でした。

「……泣きたい時に泣けないってのはな、慣れた後が辛いんだ」
 それは、何かを酷く悔やんでいる声でした……。

 ニクロスさんに言われた場所は、広くて、暗くて、しーんとしてて……。
 だから、思いっきり叫んでみました。
 怖かった事も、悔しかった事も、心配な事も……全部。
 その後冷たい水で顔を洗ったら、寝直すのに苦労しましたけど……。


   ――――『騎士の娘、遭難する』――――
           砂漠のニクロス

 寝直すのに、苦労したんです。
 それなのに、かなーり早い時間に起こされました……。

「お目覚めの時間だぞお姫様ー」
「ん〜……駄目ですよディく〜ん」
「……んな夢見られるなら大丈夫だな」
 う〜……あと五分です。
 いい所なんですから邪魔しないで下さいです……。
「ミケ姉さん、ちょっとソイツ連れてきて」
「うふふ……良いわよ〜」
 ああ、朝の惰眠は至福の一時……。

 べろりんちょっ

「ほぁああああっ!?」
 み、みみみみ耳にーっ!?
「姉さん、事前に何仕込んだ?」
「うふふ、氷結晶♪」
 ラクダさんが口の中で、モゴモゴしてるのはそれですか。
 ああ、後五分あればディ君と……うへへへ。
「……嬢ちゃん、涎拭っコイツ持って」
 まだ眠たいおでこに当てられた、ヒヤリと冷たい鉄の感触。
「さぁ、日が昇る前に食材調達だ。
味の好みは別れるが、嬢ちゃんには最高の獲物がいるぜ」

 ミケ姉さんはラクダの面倒を見る為お留守番。
 私とニクロスさんはお肉の調達の為、地下の水場を抜けて洞窟を出た先。
 岩場に囲まれたオアシスへとやってきていました。

「あの……ニクロスさん……」
「うん、おっちゃんの考えが甘かった」
 物凄く……暑いです……。
 まだ早朝ですよ。お日様はまだまだ傾いてますよ……。

 見渡す限り、大きな岩が真ん中にある以外は砂の海……。
 あ、右の方に視線を向けると川が流れてますね。洞窟からでしょうか?
 例年なら、暑さ対策いらないんだとか何とか……。
「氷結晶イチゴを……」
「昼間辛くなるから、却下」

 本当に、砂と岩以外何にもありません……。
 いかに適応していても、水場でも、この炎天下と言う事でしょうか……。
「んー、いねぇな……昼間もザワザワしてると思っ……お、来たっ」
 ……砂の向こうに、ぽふっと砂煙が……一つ、二つ……。
 私の目の前を、何か、三角形のモノが、すーっと……。
 えーっと、何ですっけ何ですっけ……暑さで頭が働きませんです……。

 ニクロスさんが肩揺さぶってるのは、一応解るんですが……。
「嬢ちゃん、あれによ、思いっきりハンマー叩きつけてみな」
「はーい……」
 えーっと、大きく振りかぶってー……力を溜めてぇー……。
 残っていた睡魔が段々別の物に変わっていって……。
 目の前でぴたっと止まった三角めがけてー……。

「下ろせっ!!」
「はいっ!!」

 ドッパーンっ!!

 衝撃で砂を巻きあげる何か。
 しなる尻尾、広がる両ヒレ、三角形の頭。
 砂竜と呼ばれるガレオスさん。
 私の背丈の三倍はあろうかと言うそれは……。

 ビチビチビチビチビチビチ……。

 跳ねる姿が、実に……美味しそうです。
「ニクロスさん……」
「だろ?」
 とは言え、大きい大きい。
 クックさん程では無いにしてもしなる尻尾は痛そうですが……。
「夜にジュ〜っと焼いて……」
「……だろ?」
 一瞬ガレオスさんがビクッとなった気がしましたが。
 いつの間にか周りに沸いてきたガレオスさんが固まった気がしますが。

 ……うふ。

 食欲って怖いですよねー。
「魚竜のモモ肉とれましたー」
「おう、こっちは白子と腹の部分。鱗とかはいるか?」
「はいっ」
 砂の固まりを吐き付けようとした所にハンマー一発。
 ニクロスさんの合図で避けると弾の雨。
 砂の中に逃げられたと思った瞬間ボボボンと。
 はい、頭の方はちょっと直視出来ない事になってます。

「さて、食事はバランス。年寄りは野菜の収穫に勤しみますよと」
「ここで採集ですか?」
 まだガレオスさん達がグルグルしてるんですけど……。
「だ、か、ら、嬢ちゃんが頑張るんじゃねぇか」
 成程、つまりニクロスさんが採集しやすいよう頑張れと言う事ですね。
「ルールは二つ。ヤバいと思ったら逃げる事。水辺には絶対近寄らない事」
「水辺ですか?」

 あんなに涼しげですのに……。
 ガレオスさん達も近寄りませんし、絶好の採集ポイントなんじゃ……。
「……そうだな。実際にその目で確かめた方が良いかもな」
 そう言うニクロスさんの手には、大きなカエル。
 それを大きく振りかぶってー……投げたっ。
 と言っても飛距離が足りず、川からちょっと遠い所へポタッと。
 あのまま干からびてしまいそうと思ったその時です。
 水面に何か出てきたと思うと……。

 ザッバァーッン!!

 飛び出したのは、ここから見える川の長さ一杯のガノトトスさん。
 それが……。
「こ、こっち来まっ……」
「大丈夫だ」
 で、でもこっち向かって這いずって来ますよ!?
 丸太数十本分はあろうかと言う巨体がこっちにーっ!!
 て言うかカエルさん、ひき潰されてしまいま……っ!!

 ぱくっ

 砂をする音が止まって、気付けばニクロスさんにしがみついていた私。
 ニクロスさんの横からちょっと見てみますと、カエルさんが消えてます。
 トトスさん、丁度カエルさんがいた位置で止まって口の中をもごもごと。
 気が付けば、ガレオスさんも逃げていましたか。
 おもむろに立ち上がったトトスさんは、そのままクルッとUターンして……。

 べったべったべったべった。

 胴体持ち上げて、がに股で、慌てるように水場へダッシュ。
 この岩場一杯の巨体は、小さなクレーターを作って行きます。
 怖さを感じないのはマヌケさ故か安全故か。
 ただ……。

 ざっぽぉーん。

 その巨体が飛込んで上がった水しぶき……いいえ、水の壁。
 それは全てを吹き飛ばすに足る迫力があり……。
「水来るぞ」

 ばしゃっ。
「うぶっ」

 ここまで、余裕で届きました……。
 きっと日向の水はあっさりと干上がって、日陰に残った水が草木を育むんでしょうか。

「アレがここの主。A級ウォンテッドのウロボロス。通称ウロさん」
「自分の尻尾を食べてる蛇さんですね」
「博識だねえ。ま、奴がかじるのは他人様の尻尾だけどなー」
 砂漠の魔女と王の夫妻とか、砂桜とか、白雪とか、名だたる飛竜が餌食になったそうです。
 ……その、尻尾だけ。

 被害者には、あの黄色い竜さんもいたそうで……だからここは安全。
 その代わり、水辺に近付こう物ならバックンですか。
 でもあの巨体だと、その前にペッタンコですか。
「ミケ姉さんも、ある意味危険ですね」
「ああ……俺の最後の連れもアイツにやられた」
 う、なんか生々しい話に。どう返せば良いのか……。

 残されたのは私と、ニクロスさんと、私が狩ったガレオスさんの残骸。
 ……まだもうちょっと剥ぎ取れそうですね。
 砂竜の鱗を手に入れました。
「はは。やっぱりハンターってか」
 ついつい防具の材料になりそうな物を。良いじゃないですか別にー。
 呆れ顔なニクロスさんの手には、砂竜の白子やキモなど。
 モモ肉の固まりが……物凄く、美味しそうです。

 そうそう、プルンとした白子とキモ。
 依頼だとよく取ってくるよう言われる他、錬金調合で……。
 双剣やハンマー使い必須の強走薬の材料、狂走エキスが出来るのです。
 使って良し、貢いで良し。
「お、おい、嬢ちゃん……?」
「うふ、うふふふふふふふ……」
 ああ、何という万能素材……。
「そうか。ガレモモの厚焼きはいらないか……」
「いりますっ!!」
 良く考えたら朝飯前でしたっ!!

 スタスタ歩くニクロスさんを追い掛けて龍の巣へ。
 帰ってみれば、ミケ姉さんが何やらラクダさんと睨めっこ。

「ミケ姉さんどうしたですか?」
「う、ううんっ。何でもない」
 ……怪しい。露骨に怪しい。
 ミケ姉さん、ラクダさんの首元隠すように立ってるのが、バレバレですよ。
 幸い、こちらは二人いるわけで……。
「避けるのはともかく、居座るのは難しいってな」
 ひょいっと持ち上げられるミケ姉さん。
 ……ニクロスさん一人で事足りました。
 では、私はミケ姉さんの隠していた物の確認を……あれ、これってズルイですか?

 あったのは名前のついた首輪。綴りがM・I・K・E……。
「あー、てっぺんに白髪と黒ブチが」
 ミケ姉さん、ラクダさんと被るのが嫌だったわけですか。
 慌てて弁解を考えているようですが……。
「マ、マイク君って言うのよきっと!!」
 まぁ普及点と言っておきましょうか。
 でも、ニクロスさんが一言。
「コイツ、雌じゃなかったか?」
「はい?」
「あら?」
 と言う訳でラクダさんスタンダップ。

 ……うん、付いてませんね。

 いえ、その前に。
「一体何時確認されたので?」
「嬢ちゃん達が来た直後」
 即答でした。

 あまりに即答過ぎて……。
「セクハラー」
「ヘンターイ」
「ちょっ……! マテマテマテマテっ何でそうなる!?」
 ミケ姉さんばかりからかうのも、アレなので。
「OKお前ら飯抜きだ」
 ……っ!?

 世の中、食を握ってる人が一番強いって事で……。

 じんわり赤熱する円盤の上に、並べられるはガレモモの切身。
 上から押し付けられるは豪剣アグニ。
「竜と名の付く奴はな、切りたての場合火の通りが悪いんだ」
 けれど、紅蓮石を圧縮した剣と盾の前では、美味しそうな音と匂いを上げて……。
「……じゅる」
「美味しそうなんだけど……朝からヘビーね」
「いや。この肉はそうでも無いぜ」
 プルンとした肝の方がこってりしてるそうです。

 良い具合に焼き色の付いたガレモモ、調味料無しでもけっこういけました。
 お肉という割にかなりのあっさり風味。
 それでは物足りなかろうと乗せられたのはジャンゴーネギ。
 アグニの盾ではなく肉焼きセットの上に鉄板乗せて。
 ああ、お醤油とか塩を降るだけでも美味しそうです……。
「ほい。肉だけじゃなくて野菜もな」
 と、続いて乗せられたのはスライスサボテンなどなど……。
「あの……」
「盾に乗せたら焦げるぞ」
「いえ。ガレモモに火が通るようになるまで置いて、一緒に焼けば良かったのでは……」

 場を支配する妙な沈黙……。

 うだるような熱気。
「さ、焼けたぞ」
「はーい」
 それと空腹のせいにしておきましょう。

 そしてお昼はと言うと……。
「ここ、ここ、ここが良いです……」
「バーロー……そこは俺の特等席だぁー……」
 うだるような砂漠の熱気と、刺すような洞窟の冷気。
 その中間点を求めてウゾウゾと……気分はフルベビ。
「か、か弱い乙女を気遣うつもりは……」
「そんの……頭の髪飾りでもかじっとけー……」
「ディ君に貰った髪飾りですー……そんなこと出来ませーん……」
 氷結晶イチゴをかじりたいけど、温存温存……。
 今年は朝方も油断出来ないのは身に染みて……。

「マイク君の、影が、涼しいわよー……」
「だから、ソイツ、メスだって……」
 ここまで暑いと、いっそ人肌の方がと思うのですが……。
 汗臭い中年より……ああ、ディ君は私を探してくれているでしょうか……?
 捜索願に、真っ先に反応しそうなのはお父さんですが。

 日が傾いて、沈みかけると大分マシになりました。
 今度は洞窟を抜けてちょっぴり遠出。
 ラクダの……ミケ姉さんが目で訴えているのでマイク君に乗って。
 ただしハンマーだと重たいと言う事で、私はアグニを拝借。
「あの竜さんは大丈夫でしょうか?」
「おう、奴さんに反対側なんて考えはねぇさ」
 加えて、こちら側は砂が天然の落とし穴になっているとか。
 竜車や飛竜は入れない、隠しスポットと言う奴です。
 なるほど、アイアンストライクがあると危険です。
 たまにディアブロスが通過するのはご愛敬。
 おおよそ数分走って思ったのは、この人はラクダの扱いに慣れていると言う事。

「俺の村は砂漠のほとりにあった。豊かな作物とラクダの飼育で生計を立ててたんだ」
 曰く、あの「龍の巣」もラクダで遠出をして楽しんでいる時に見付けたものだとか。
 だとしたら、その村もこの近くにあったのでしょう。
 ニクロスさんが過去形で語った事に気付かなかった、その村は。

 そうして見えて来たのは小さなオアシス。
「よしよし……お前の足なら往復できそうだぞ」
 私達が柔らかな砂の上に立ち、ニクロスさんはラクダをねぎらう。
 首元を撫でる手に気持ちよさげ……本当に、よく知ってるんだなあって。

 小さな池に、小さな茂み。
 ちょっと高いヤシの木が一本立ってるだけ。
 本当にちいさなオアシスです。
 その水面を、ふよふよ漂う小さな光。
 それも一つではありません。
 いくつも、いくつも……時間と共に、沢山。
 小さな池が、星と光を反射してほんのり光ってるようにさえ見えて……。
「綺麗……」
「綺麗っちゃ綺麗だが、光蟲じゃねぇなぁ」
「はい?」
 聞いて見れば、虫さんも暑すぎる時間は避けようとするのだそうで。
 光蟲なんかは光量が半端無いので昼夜構わず飛んでるそうですが。

 少しずつ冷えていく空気の中、ミケ姉さんがスパイスワームごっそり集めるのを眺めてました。
「閃光玉があれば奴から逃げるのも大分楽なんだが」
「確かに……効果時間も何も解りませんがラクダさんの足なら……」
「ハンマーその他担いでか?」
 ……無理ですね、はい。
 無理……いえ、それじゃあ困ります。

「私達……帰れますよ。きっと」
「嬢ちゃんが正規のハンターならな」
 ……救助されるっていうことですか。
 まあ、行方不明者の捜索にも優先順位があるそうですけど。
 下手すると、何にも優先して突撃してきそうなのがいるんですよね……。
 真っ先に浮かぶのが彼で無いのが、何とも哀しい。
「ま、格好悪いっちゃ格好悪いけどな」
 格好悪いどころか……そのまま一人で行くの禁止とか言いかねません。
 いえ、ソレを言ったらこの現状が既にそうなんですが。

 虫達は夜の涼を求めて外へ出る。
 それは、ここにやってきたアプケロスさんも同じだったようで……。
「やっぱ、肉はジューシーなのが良いよな」

 うふふふ……この世は弱肉強食です。
 日の沈んだ砂漠。
 残るは甲羅ばかりなり。

「さ。帰る前に一仕事だ」
「え……ほわわっ?」
 そう言われて、ぐいっと持ち上げられた私は、そのままニクロスさんの肩の上。
 そのニクロスさんが、倒れて動かなくなったアプケロスさんの上……。
「ほーれ木の実と葉っぱ、取れるだけ取ってこーい」
 あの……高さ的に、ここからさらに私が立たないといけないんですが……。

 まあ、上を向いたらどうなるかっていうのは、ニクロスさんが一番承知していたみたいですけど。

 ちょっと重くなった荷物を担いで帰還。
 主な荷物はお肉とスパイスワームと、にが虫少々。
 でも、荷物よりヤシの葉の方が正直厄介。
 風に飛ばされそうですし持つ所間違うと手を切ってしまいそう。

 今日のお夕飯は、魚竜の肝と、アプケロスさんをアグニで斬りつけた時焼けたお肉。
 残るお肉はミケ姉さんが拾ったスパイスワームのお陰で保存が利きます。
 あ、ちゃんと肉焼きセットで焼きましたよ?
 お皿はヤシの葉っぱで、遭難ライフ満喫してみたりして。

 じっくり焼いた魚竜の肝は、舌の上でトロリと溶けて……。
「お、い、しぃ〜……♪」
 ミケ姉さんに至っては終始無言でお口をもぐもぐさせています。
 自分の分を切り分けて、誰にも渡さない所存って感じです。
 ……あああ、コレ、納品するよりも、調合するよりも……。
「お、美味しいです……」
 食べた方が良いです、絶対……。
「残さず食えよ……じゃねえ。それは俺の分だーっ!!」
 はて。同じお皿の上に乗せているのが悪いのですよ。

 この後、キモの中にお肉の欠片を埋め込んで見ました。
 キモとお肉の歯応えが絶妙。今度はコレ行きましょうコレ。

 今夜はそれで就寝。
 砂漠の夜は肌を刺すような寒さでしたが、毛布にくるまっておけばなんとか。

 翌日、ご飯調達は無し。
 私自身疲れていたのか、目が覚めたのはお昼頃でしたし……。
 場所は、昨日ニクロスさんが言ってた特等席でした。
 もうちょっと奥の所で寝ていたと思っていたのですけど……。
「今日はゴロ寝だ。そうそう砂漠なんぞ歩き回るもんじゃない」
 ……お肉は明日。今日はお魚三昧でした。

 何事も無いまま翌日、遭難三日目と言う所でしょうか。
 昨日休んだおかげか早起きさん。
 何と無ーく、だらしない格好で寝ているニクロスさんを想像してたのですが……。

「おぅ、早いな嬢ちゃん」
 下の水場から、ラクダさんと一緒にやってきました。
 ついでに自分の顔も洗って来たらしく、無精髭が無駄に爽やかです。無駄に。
「初日の無礼を必死に詫びて来ましたよっと」
 今やすっかりなついてるって感じですが。

「所で……今日もゴロゴロですか?」
「あのなお嬢ちゃん、今の立場解って言ってるか?」
 遭難中なんです。そうなんですー。
 あまりにここが快適だったものですから、ついつい忘れがちですけど。
「ま、ウロさんいない頃はちょくちょくキャンプ貼ってたけどな」
 いない頃……。
「トトスの両足は、水場を移動するためにあるって言う説がだな……」
 がに股で、砂漠を横断する……。

 ぷーっ!!

 ヤバイ。ヤバイですって。あの巨体で、あのがに股で……。
 砂の海を、べったんべったん……危険すぎるにも程がありますって。
「うくくくくく……」
「嬢ちゃん、ウケ過ぎだ」

 ……さて、一時の笑いは得ましたがやはり退屈です。
 ニクロスさんは元気だねえと言ってくれましたが……ええ、やっぱり暇です。
 確かに炎天下の中歩き回る訳にはいきません。
 と言う事で、毛布にしていた布で即席のコートを作って……。
 寒さ対策にまたまたアグニを拝借しまして。

「洞窟内の地図だ。塗ってある所はウロさんが出るから駆け抜けろ」
 今は外の水場に居るらしいですけど。
「はーい」
 ピッケル背負って洞窟探索。
 狙うは氷結晶。にが虫エキスと合わせてクーラードリンクです。
 と、今日一日ここで潰すぐらいの勢いだったのですが……。

 全体的に水没した洞窟で、歩ける場所は少なかったですね。
 しかも壁に密着した足場ともなると更に。
 そうなると、採掘ポイントも自然と減って行くわけで……。
 結局、最初ここに来た入り口まで来てしまったのですよ。
 そこに大きな氷結晶の塊があったので、カツーンっと。
 ……取り出せたのは三個だけ。
 残りはちょっと無理そうですね。

 引き返そうと言うその前に、うっかり覗き込んだ穴の外。
 一面の金色の中に、赤い点一つ。
 目を凝らせば砕けた甲羅、白いお腹。
 むさぼり喰らう、黄色の竜。
「……っ!」
 甲羅の割れる音、内臓をむさぼる音。
 聞こえないはずの音が、聞こえたような気がしました。

 それが、ふとこっちを見て……。
「ガアアァッ!!」
 突っ込んで来ましたーっ!!

 大慌てで飛び退いた私の鼻先を、鋭い爪が通りすぎて……あれ?
「ガァ?」
 目の前で動かない、大きな腕。
 大きな顔が洞窟の入り口一杯に……。

 詰まって動けなくなったようです。

「ガッ、ガッ!!」
 必死です。もの凄く必死ですけれども……。
 あれですよね、狭いところの物取ろうとして、挟まったような。
 まぁこの場合の物って私なんですが……。

 ぷぷっ。

 吹き出したの、私じゃありませんよ?
 そう思って振り向くと、そこには浅いながらも水辺があって……。
 ……ウロさんが、こっちをじーっと見てました。
 そして……。

 ぷくぷくっ。

 ……笑いました。明らかに、バカにしたように。
 気がつけば黄色い竜さんも静かになって……なって……。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」
「どえええええええええええええええーっ!!」
 キレましたーっ!!
 逃げました。ええ逃げましたともっ!!
 あーっ! もーっ!!
「ウロさんのバカぁーっ!!」

 逃げました。大慌てで逃げました。
 広いけれども歩ける場所は少ない洞窟です。
 帰りつくのに、時間はそうかかりませんでした。
 かかりませんでしたけど……。

「……あれ?」
 ミケ姉さんとニクロスさんがいません。
 ラクダさんが良い子にお座りしてるぐらいです。

「……ラクダさん、二人は何処に行ったか知りませんか?」
 無反応。鳥の彫像(を、模した大剣)と良い勝負。
「マイク君、二人は何処に行ったか知りませんか?」
 うーん、やっぱり無反応ですね……。
「ミーケーちゃん?」
「ぐぃー」
 鼻で指し示したのは水場の方。
 と言っても外ではなく、あの秘密の部屋を覗こうと思ったのは何ででしょうね。

 結果として、それが正しかった訳なんですが……。
「さすが、闘技場のリトル・マムは違うねぇ」
「伊達に受付嬢志願してた訳じゃないわよ」
 秘密の部屋は、その入り口の下に盗み聞きポイントがありました。

「何時から怪しいって?」
「剛氷大剣を見たとき。アグニで確信」
 ……何だか、声をかけづらい雰囲気でした。
 覗き込んでみれば、カイザーNセットに身を包んで完全武装のミケ姉さん。
 ニクロスさんは、こちらに背を向けていました。
 だから……腰の小銃が見えてしまいました。

「砂漠の狩りに出る組み合わせじゃないわよね」
「それだけで密売人か?」
 その言葉に、思わず手が強ばる。
「剣の割に防具が貧弱過ぎって言うのが一番の理由かしら」
 よじ登って入るタイプの部屋なだけに、万一とびかかる事も無理……。
 情けない話……怖くて動けなかったんです。

 ……怖かったんです。
「そうだよ。倒れたハンターの武具を頂戴する小悪党。アレに仲間をやられてぶらり旅」
 ニクロスさんの、おどけた態度さえも。
 ……少し考えれば、悪い人で無いのは解るはずなのに。

「でもよ、この状況でそれを知ってどうする?」
「あなたはどうするの?」
 やろうと思えば、この人はいつでも一人で逃げられたはずです。
「……どうもしねぇよ。アンタらのお陰で、正直随分助かってるんだ」
 私達とギルドの救援を待つリスクの方が大きかったはずです。
「ただ……可能な限り嬢ちゃんには黙っておいてくれねぇか?」
 でも、この人はそれをしなかった。

「助かったと思って振り向くと、親切なオジサンはいなくなってましたってのも格好いいじゃねえか」
 そんな人を怖いと思った自分が……凄くキライでした。