高い木々で日の光の陰る森の向こう。
 ディ君にクチバシを叩きつけようとするガルルガさん。
 けれどひび割れから火の粉を零すクチバシは獲物を捕らえられず、水晶の剣が花びら状の片耳を切り落とす。
 そのすぐ後ろで、お父さんが蒼いツタのような剣を振るう。
 ディ君に尻尾を横殴りにぶつけようとするもやはり交わされ、一方お父さんの正面に回ってきた頭に鋭い一閃。

「ちなみに、クチバシと翼は僕が壊しましたー」
「……はいはい」

 もちろん体躯の差はあります。突進されれば避けるほか在りませんし。
 暴れ回られれば近づくことも無いのだけれど……一瞬のスキは確かにある。
 そのスキを的確に、正確に、頭上を尻尾が掠めても、クチバシが盾を弾いても。

 ……実は、神業のような立ち回りをちょっとだけ期待してました。

 確かに動きはめまぐるしく、時にはっとするような動きで紙一重。
 けれど、その度に返す刀でと言うわけでなく。
 基本は同じ。クックさんと比べれば本当に小さなスキに、小さな一撃を確実に。
 ガルルガさんも負けじと思ってか、時折フェイントのようにターゲットを変えたりしてますけど、良くてかすり傷という所。

「クックが先生って呼ばれてる理由、解る?」
「はい……」

 何処までも慎重で的確な一撃は積み重なって、巨大な命を確実に削り取っていきました。


   ――――『騎士の娘、自立を誓う?』―――

 ディ君がガルルガさんの目の前に何か……閃光玉と解ってすぐ目をつむる。
 後ろから手を掴まれて耳に当てられた後……。

 ケェーッ!!

 耳から頭にかけて、ビィィ〜ッンっとなにか来ました……。
 いえ、咆吼という事は解るんですけども、耳を塞いでこれですか……。
 お父さんはともかく、間近にいたディ君はと思って顔を上げる。
 未だ胸を張っているガルルガさんの後ろに回り込んでました。

「何で彼は、先ほどの咆吼平気なんですか……?」
「ナイツ用に増設されたスロットにね、絶音珠とかはめてるんだよ多分」
 あと防具も一見同じに見えるのは、一種の偽装だそうで。
 そう言えばディ君の籠手、鱗はホムラ君の尻尾からでしたっけ。
「準備万端って所だねえ……業物スキルも仕込んでるかな?」

 向こうにいるお父さんの真正面で一歩二歩と後退るガルルガさん。
 その後ろに、剣を抜いてすすっと忍び寄るディ君。
 その場で宙返りするガルルガさん。
 お父さんはさっと横に飛び出して事なきを得る。
 ふわりと降りてきたガルルガさんの尻尾を、待ち構えていた水晶の双剣が切り刻む。
 尻尾が硬いのか、二度三度と散る火花がちらりと見えたと思ったら……。

 すっぽーん。

 ガルルガさんの尻尾が、文字通り飛びました。
 本体の方もそのショックでのたうち回っていましたが、その間にお父さんがクチバシを滅多斬り。
 ガルルガさんが立ち上がる頃、お父さんはすーっと横に動いたかと思えば全体重を乗せ斬りつけまた離脱。
 すれ違い様に足を切りつけ、倒れ込んだ時に尻尾の断面をさらに。
 立ち上がりざまに更に斬りつける。
 振り向き様に突進しようとするガルルガさんをかわして、さらにもう一度。

 ……気がついたら、お父さんを見てました。
 ディ君と、何がどう違うのか最初はよく解りませんでした。
 ただ、遠くからスキを窺うディ君に対して、お父さんはずっと張り付いていると言う事。
 それは……双剣と片手剣という武器の性質によるものだったかもしれませんけど。

 どんなに斬りつけられても、怯む事無く立ち上がろうとしたガルルガさん。
 その巨体がゆっくりと傾いてそのまま、倒れ込んで……。

 Zzzzzzzzzz……。

 鼻提灯膨らませ始めました。
 どうやらお父さんの、一見剣とは思えないような剣には睡眠作用があるようで。
 ……あれ?
 ディ君がこっち見て手招きしてるんですけど、何でしょう?

 呼ばれるままに近づいて見たガルルガさんは、本当に全身傷だらけでした。
 今回ラウルさん、ディ君、お父さんに付けられたであろう傷とは別に、古傷が無数。
「マイラ、大樽Gちょっと貸して」
「あ、はい」
 言われるまま渡した大樽爆弾Gを並べるディ君。
 腰に提げられた水晶の双剣は、ぱっと見てもボロボロの状態でした。
 それがガルルガさんの甲殻の堅さを物語ります。
 そう言う相手には一番有効なんですね、爆弾。
「コレで終わってくれると、在りがたいんだけどな」

 私達がキャンプへ避難した後に爆発音が響いて……後は何も聞こえてきませんでした。

 と、言うわけで……。
「これ、私達が解体しちゃっていいんですかね?」
「思わぬアクシデントって事で」
 ただいまガルルガさんの解体中。
 と言っても、すぐに使うつもりは無いんですけど……何より、私にはまだ早いです。
 ただ、今日の事を、覚えておこうと思って。

 彼の手に縋りたくて仕方がなかったのも本当です。
 でも今は、お父さんの腕の中が心地よかったのです。
「マイラ、ゆっくりでいいんだ。焦ることはない」
「はい……」

「それにしてもさー、ガルルガ出るなんて聞いてなーい」
「集会所のWANTEDに、デカデカと載ってたはずだが?」
 お父さんのこめかみから、血管の切れる音が聞こえたのはたぶん気のせいです。
 でも私の肩を抱く手が強ばったのは間違いなし。
「……ディ、何処まで締め上げて良いかちょっと看ててくれんか?」
 その後の一切合切は、見ざる言わざる聞かざると言うことで。

 そして今現在浜辺のキャンプ、さざ波の代わりに聞こえるのは緩やかな笛の音。
 丸まって寝ているホムラ君の肩の上、ディ君が奏でる回復笛。
 ちなみに、元となる角笛に生命の粉塵を擦り込んだのは私です。

 だと言うのに……時折混ざる伴奏は、ラウルさんのわざとらしい啜り泣き。
「僕は苦しみ損〜……苦しみ損〜……」
 板切れを敷いた上でぐじぐじと。
 ネコさんお二人の寝息もかき消されてしまいます。
 ちなみに、お父さんとミケ姉さんは採集をかねて周辺警戒。

 浜辺に響く笛の音。
 詳しい原理の解っていないそれは、でも確かに細かい傷を癒し、力をくれる気がします。
 それが三割り増しに思えるのはきっと、奏者が彼だからです……うふふふ。

 ちなみに、角笛に抗菌石の粉末を擦り込めば、解毒笛が作れます。
 そして抗菌石の材料になる苦虫と大地の結晶なら、ミケ姉さんが腐るほど持っていたわけで……。

 それに気付いていれば、ラウルさんが長時間毒に侵され苦しむことも無かったでしょう。
 とびきり苦〜い苦虫と、ハチミツ味という組み合わせを味わうことも無かったでしょう。
 ついでに言えば、お父さんに関節極められることも無かったでしょう。

 でも、こうして彼の奏でる笛の音を聞きながら時間を過ごす事も無かったわけで……。
「うふ、うふふふふ……」
 ついでに船をぶっ壊して帰れなくしてくれたツヤルガさんもグッジョブ。
「苦しみ損〜……苦しみ損〜……」
 この至福の時間をありがとうと……。

 ふと思うのは、あのツヤルガさんはどうなってしまうのだろうという疑問。
 ぷすんという音が鳴るのは、それと同時でした。

 回復笛に擦り込まれた粉塵が、中を傷つけて笛としての用を成さなくなった時の音。
「あの、ディ君いいですか?」
「ん、何だ」
「あのツヤルガさんは、どうするんでしょう?」

 彼が時折遠くを見ながら言うには、特に何もしないと言うことです。
 賞金首は大きい方だけとの事ですし……。
「それに、どうも戦う気が無いっぽいんだよなあ……」
 本当に千里眼で『視て』いたみたいです。
 さらに聞けば、戻ってきたクックさんから逃げるように動いているとの事。
 ……もちろん、大きな方を討伐した彼やお父さんなんて、意地でも寄りつかようなんだとか。
「守って、いたんですかね……?」
「かもな。何時までも独り立ちしようとしないから、クック発生地点を転々って所か」
 彼には、何が『視えて』いるのでしょう?
 私には親を亡くして泣く子供か、脅えて逃げまどう子供しか思い浮かばないのです。

「私は、甘いのでしょうか?」
 そう聞いたら、ちょっと困ったように笑って言いました。
 こんな話をすれば、考えて当たり前だ、と。
「ツヤルガさんの独り立ちを応援するのも、ですか?」
「ああ」

 ラウルさんは眠ってしまったようで、静かな浜辺。
 ホムラ君の上から降りてきたディ君が隣に座る……うふ、ちょっと幸せ。
「現金ですね」
「だけど、譲れない物がある時は迷うなよ」
「はい」
 歯切れ良く答えてはみたものの、譲れない物って何でしょう。
 ぱっと浮かぶのはやはり、自分や仲間の命ですかね?
 そんな事を考えていたら……。

「でーも見逃した奴が自分の手の届かない所でー、な話もあるわモゴッ!?」
 実は起きていたらしいラウルさんの顔面に、破れたおやすみベアむぎゅーと。

「もごもごーっ!?」
「……マイラ。綿も結構危険だから、適度なところでやめとけよ?」
 毒の染みついた分は抜いてありますよ?

「もっともですけど。だからといって目につく物全て殲滅してたら……」
 言いかけて、止めます。
 ……火怨病。
 私のお母さんやディ君のご両親、お父さんの友人を奪っていった病。
 うううう、頭の中がぐるぐるしてきました。哀しいことに引っ張られるのは良くないです。
 何か、何か、話を変えませんと。
 ディ君の切なげな目にみとれてる場合ではありませんよ!

「ディ君!!」
 ……叫んだらビビられました。当たり前ですね。
 でも、ここで引き下がることは出来ません。

「私は、大丈夫ですからっ!!」
「わっ」
 彼の両肩を、ホムラ君の首に押しつけていました。
 勢いで。

 ……どうしましょう。

 と思っていたら、まん丸になっていた彼の目がいつもの吊り目に戻って……。
 微かに、ふっと笑ったような気が……

「お前は何をしとるかーっ!!」
「ほわっ!?」

 唐突に、ぐいっと後ろから愛しの彼と引きはがされました。

 犯人……言うまでもなくお父さんです。
「むぎゅ〜……」
 ディ君踏んづけられてます。帰ったらお仕置き決定。
「ジャッシュ先輩空気読めてな〜い」
「うふふ。マイラちゃんも大胆ねえ」
「ナイツとしてはラウルの方が古株だろうがっ!!」
 とりあえずギュッと抱きしめないでください。
 ……落陽草のコロン常用してるだけあって、臭わないからまだマシなんですが。

 何はともあれ、やってきた代わりの船はクック先生の素材で一杯です。
 なので、私達はですよ……うっふっふっふっふ。
「グゲェ〜……」
「我慢しろ、クック先生の素材よりマシだろ……」
 ホムラ君に送ってもらうのですー。
 横に余分なのがいますけど、彼と一緒に空中散歩です。うふ、うふふふふふ……。
「ギュ〜……」
 ホムラ君が泣きそうな声なのは気のせいです。はい。
「や、ヨダレはやめろヨダレは」
 お父さんがなんかぐいぐい引っ張ってますけど、意地でも手放しませーん。

 小さい小さい言われているホムラ君ですが、足は抱きつこうと思うと意外と太いです。
 それに結構なごつごつで……。
「解ったから、ベルト持ってベルト」
 ベルト一本で彼と密着……うふふふふふ……。
 あああどうしましょう、嬉しくてちょっと可笑しくなりそうです。
「目ぇ閉じるか、下向くなりしてろよ?」
「あ、はいっ」

 蒼い翼が風を巻き上げて、私達五人をぶら下げたホムラ君は高く、高く……。
 もう船が小さくなってしまいました。
「わ、うわ、風が……っ」
「これでも大分加減してるぜ?」

 風が巻き上げる髪を無理矢理首の横に回して、狩り場の島を見下ろしてみる。
 私がクックさんと戦っていた場所は、全体から見ればほんの一部。
 何を思ったのかホムラ君はぐるりと島を一回り。

 かけずり回るクックさんの群が、ここからでもよく見えました。
 先頭に、ツヤルガさんであろう紫色を探していました。
 守る者がいなくなったら、やはり弱肉強食の中に消えていくのでしょうかと。
 ムシのいい話だと解っていながら、内心頑張れと思っていたんです。

 船が襲われないよう一睨み利かせてから、私達も街へ。
 狩り場の島が小さくなる頃、もう一度振り返った私は見ました。

 島から次々に飛び立っていく影。
 次々と飛び上がっていく影の一つが吐いた火球の光。
 その主が、悠々と島へ戻って行くのを……。
「さ、ちょっと回り込むからしっかり掴まってて」

 家に帰って、真っ先に行くべき場所が決まりました。

「今日はありがとうございましたっ!!」
 たっぷり貰った報酬金も、素材の重みも確認する間も無く私が向かったのは家のアイテムボックス。
 生活費云々とは別に、溜め込んでいる素材がけっこうあるんです。
 とにかく使えそうな物を……鬼人薬飲んで無理矢理にでも全部運び出します。

 集会所手前の広場を抜けたちょっと先。
 酷暑は過ぎたもののまだまだ続くであろう温暖期の熱気。
 炉の炎に赤々と照らされる壁が、外よりなお灼熱の世界である事を示す場所。
 トンカンと響く鉄の音。

 ハンターでありながら、今までそこに行くことが無かったのがそもそもおかしかったんです。

 鍛冶屋のカウンターに、持ってきた物全部のっけました。
「これで作れる中で、一番強いハンマーお願いしますっ!!」
 ……カウンターの向こうの人は、素材を詰め込んだ袋の向こうで見えません。
 ただ……鉄を打つ音に混じって苦笑いの声が聞こえて……。
「がっはっはっは!!」
 爆笑されました。
「これ全部たぁ、豪気な嬢ちゃんだ。よしよしちょっと待ってな。今カタログ出して来てやるから」
「はい、カタログ……?」

 聞けば、有料で売られているカタログを見て、そこから目的の素材を持ってくる。
 武器作りはそこから始まるんだそうで……。
 私の頬が熱くなっているのは、ここが鍛冶屋だからだけでは無いでしょう。

 多少複雑な思いでカタログをめくりつつも、私はこれからの事を考えていました。
 おやすみベアの修理はまず見送り。
 次に持つそれは、私が自分で集めた素材から作った物です。

 防具の新調も近いうちに……あの咆吼の耳キーンを無効化できるスキルを持つ物ができ次第。
 ガルルガさんの素材で作れる事は解りましたが、自力で狩った素材で作るつもりです。

 最終的には、攻撃を受けない立ち回りを覚えるべきでしょう。
 耳栓スキルの装備を目指すのはその前段階。それまでヒーラーUでいます。

 ……だってそうでしょう?
 私の命は、お父さんやディ君達に守られて繋がっているんです。
 それを、必要以上の危険にさらすワケにはいきません。

 いえ、怖いのもやっぱり本音ですごめんなさい。

 でも、私強くなりますよ。
 彼が、心配せずに済むぐらいに。
 彼が、その背中を預けてくれるぐらいに。

 彼が一人で泣いている時、その横に立っていられるぐらいに。

 体力削られたラウルさんが風邪を引いたのは、また別な話。