にゃーにゃー
 がらがらがらがら……
 にゃーにゃー……

 最初に感じたのは振動。次に肩の痛み。
 何かに乗せられて運ばれる感覚。
 黒猫達がにぃにぃ泣いている。
 鳴いている、ではなく、泣いている。

(むー……ぬかったかのー……)
 目を回すのを確かめれば良かったか。
 今となっては懐かしいネコタクの乗り心地。
 肩が痛い。でも揺れは響かない。さすがプロ。
 しかしネコタクとなると……おそらくキャンプに到着して……。

「ポイしちゃだめニャーっ!!」
 何事も無く、その場に止まった。
 叫んでくれた白猫に感謝。

 現状。
 肩、脱臼。打撲、背中と腹部に数カ所。鎧、肩当てと左籠手が破損。
 いや、それは些細なことに過ぎない。
「ごめんなさいニャ……ごめんなさいニャ……」
「いい……いいのよ、アンタ達は悪く無いのよ……」
 リィをここまで凹ませているのは、他でもない。

 弓、中心から真っ二つ。

 口では大丈夫と言いつつ、実はかなり深刻である。
 怪我なら回復薬で結構無理矢理に治療できる。
 だが武器がなければ狩りはできない、とかそんなのでなく。
「ばっちゃんが……ほんとは刀匠だったばっちゃんが精魂込めて作ってくれた弓……」
 無論、ばっちゃんから直に聞いたわけでなく、その師匠から。
 ならせめてもと剥ぎ取りナイフを打ってもらいもした。

「だったらリタイアしちゃうかニャ?」
「はい?」

   ――――『鎌とネコと英雄と』――――
      OpelationKCB[Ver.G]

 顔を上げれば、いるのはネコタク係だろうアイルー三匹。
 加えて助けた白猫一匹と黒猫二匹。
 場所はベースキャンプ。狩人と、話に参加できない山菜爺さんと、猫。
 猫比率、圧倒的な事この上ない。

 そして彼らの誰もが、その目で訴える。
 もういいよ、と。その目には、覚えがある。
 あきらめた目。弱者であることに甘んじる目。

「じゃ、君らどうするん?」
 それに白猫が、答える。
「ギルドに依頼するニャ!」
 見え見えの空元気。

「……受理しにいくのに、一週間ってところかねえ」
「あニャ?」
「えーっと、道のりが、一週間そこらかね。んで持って受理手続きに一日、各地のギルドへ一週間。肝心のハンターが来るのは場所によっちゃ来月かねー。ソレまでに何があってもおかしくないよねー」
「ニャア……?」
 ちなみに、一部デタラメ入り。

「そ、れ、に、鎌へし折っちゃったから、しばらく荒れるだろうし、突き詰めると私の責任だよねぇ?」
 うまく芝居がかっているか?
 声に震えは無いか?
「で、でも、あんなの当たったら……」
 のぞき込んでみた白猫の目は潤んだ翡翠。
「下位レイア程度じゃあの世行きニャ」
 横からのぞき込むアイルーの目は青玉。
 そのどれもに映った自分の顔に、一切の怯みがない事を確認して、言う。
「んなもん”モンスター”ハンターなら当たり前ってもんでしょー」
 何より、この弓の借りを返してやらねば。

 ぱーぷー

 響くのは少し気の抜けた角笛の音色。
 続いて、支給品ボックスのある方向から何かをガラガラ入れる音。
 見てみれば、ネコタク係の一匹が、アイテムガラガラ流し込み。
「支給品が届きました、ニャ」
「ふふ。決まり、だね」
「ニャシシシシ。ようこそ上位へ、ニャ!」

 心機一転、再戦の為にまず手持ちのチェック。
「あ、支給用大樽」
「オイラ達、余った支給品の回収もやってるニャ」
「……さっき、かな〜り乱雑に入れてなかった?」
「き、気にしニャ〜い! 気にしニャ〜い!」

 支給品ボックスの中身。
 支給用大樽爆弾二つ。携帯シビレ罠一つ。シビレ罠一つ。
 爆雷針十個。眠り投げナイフ五本。投げナイフ十本。毒ビン十五個。
 そして何故か携帯肉焼きセット。

「ぬこたんや、これは何の狩りで余ったのかね?」
「黒グラビだったかニャーん?」
「支給品くる前にリタイアしちゃったニャ」
「ほー……?」
「いらんニャ?」
「いるっ!」

「あたし達、手伝っちゃダメニャ……?」
「オイラ達はただ通りすがっただけだニャ〜」

 いざ、再戦に向けて。

 ベースキャンプに漂うのは肉の焼ける香ばしい匂い。
 響くのは猫の奏でる肉焼きソング。

「ほい、上手に焼けました〜」
 腹ごしらえ、ではない。
 リィはこんがり焼けた肉を肉焼きセットから取り出し、ナイフで肉を細切れにする。
 その上で調合用の(猫の肉球を模した)すり鉢に入れ……。

「狂走エキスまーぜまーぜ」
 香ばしかったはずの匂いが、どんどん違うものになっていく。
 非常に形容しがたいそれを強いて言うなら、ゴムの臭いか。
「あああ、もったいないニャア〜」
 見守るアイルー、涙声。

 最初は異臭を放っていたそれ。
 脂と体液と肉とが混じり合い、それが琥珀色に染まる頃には、少なくとも、鼻の奥を付くような臭いはなくなっており……。
「ほい。強走薬グレートができました」
 戦闘準備その1。
 いつでも突っ走れるようにスタミナ対策。

「ゴミ捨て場、今日は盛況だったニャ〜」
「ネムリ草沢山取って来ましたニャ」
 キャンプに続く道から、大量の樽その他を担いできたのは黒猫二匹と、足を怪我していたはずの白猫。
「痛いの我慢してお薬かけたニャ」
「すっごい顔で気絶し……」

 ジャギッ

 言いかけた黒猫に、ナイフが突きつけられる。
 無論、ナイフを持っているのは白猫。
「こいつの切れ味、試して見るニャー?」
「ニャヒィィィィ〜……」
「これこれ、そんな物騒なもん突きつけちゃあかんよ」

 リィが「物騒」と称したそれは、鞘さえ無い片刃のナイフ。
 ただし、峰に当たる部分は櫛のようなギザがついている。
 初見の感想は、これで引っかかれると、痛そう。
 それはその部分によって、相手の武器を巻き込み奪う、もしくはへし折るためのソードブレイカー。
 と、両親の墓参りにきた人に見せてもらった事がある。
 だから、刃と峰のほぼ中間に刻まれた細い溝の、本当の使い道も知っている。
「溝……ねえ」

 そして、決戦の準備はまだまだ続く。

 シャーコ、シャーコ、シャーコ。

 ベースキャンプに響く、鋼を擦り合わせる音。
 鏃を鏃で削る音。
「うーん、さすがばっちゃんの鏃。切れ味抜群」
 並べられた鏃には細い溝が一本ずつ。
 その横で、彼女を真似る猫が3匹。

「そういえば、ギザミは大丈夫だったん?」
「お姉さんの言うとおり暴れに暴れてたニャ」
「音で居場所が解っちゃうぐらいだったニャ」
「ニャシシシ。見つけたついでにペイントもぶつけてやったニャ」
「また無茶をしたのぉ」
「おやすいご用ニャ」

 溝を掘った鏃を、睡眠薬を満たした矢筒につっこむ。
 その数、数十本といったところ。
 仕込みをするには多いが、とても狩れる本数ではない。
 もとより、これで狩れるとは思って無い。
「準備OK?」
「釣りがまだですニャ」
「……はい?」
 切り札は、別にある。

 ペイントがなくとも探すのは簡単だった。
 見つけた場所は洞窟。
 入り口から二メートルほどの段差を下った先。
 ライトクリスタルを求めて採掘に来るハンターの多い場所。
「報酬はアレ、だね」
 露出した結晶は今や、ギザミに八つ当たりされて無惨な有様。
 そのくせ、ヤドだけはしっかり鎧竜のそれに付け替えている。
 色とりどりの破片が散らばる様だけ見れば、綺麗なのだが。
「蹴躓いてご臨終だけは勘弁っと」

 矢筒の底に満たした薬をこぼさぬよう、いつでも中の矢を引き抜けるよう、片手を添える。
 もう片方にはソードブレイカー。
 溝の間には、睡眠薬と粘着草を混ぜ合わせた「膜」を張ってある。
 後ろには幾つもの大樽と、それに爆薬を詰める猫達。
 彼らと目を合わせ、頷く。

 コロシアムへの着地、揺れる矢筒、薬の重み。
 大丈夫、一滴たりともこぼれていない。
「行っくよぉー」

「「「ニャァーゴォーッ!!」」」

 響く猫の雄叫び。それを合図に走る。
 引くことなく迫るギザミはしかし、巨体故に小さな獲物を捕らえられない。
 滅多に見られないその真下。甲殻の隙間は大きい。
 そこへ……。
「おねんね、しとけぇーい」
 投げナイフを、刺す。投げるでなく、直に。
 まだ眠らない。まだ終わらない。
 矢を刺す。そのまま抜かない。
 一本一本に染みこませた毒は強く、長く蝕む。
 いつ効果が現れるかは解らないが。

 威力は期待できない。期待して無い。
 しかし、無数の針を柔らかい所に突き刺され、たまらないのはギザミの方。
 ようやく距離を取ろうとするが、リィに逃がす気があるはずもない。
「のほほほほ……」

 むしろ
今回痛い目に遭わせてくれた相手がひるんだのである。
「逃ぃがぁすぅかぁーっ!!」
 調子に乗りまくり。むしろ追い立てる。
 顔が怖かったとは見下ろす猫の談。

 なにより、関節付近に突き立てられた矢はその動きを確実に阻害する。
 思うように動けぬ焦りで、ギザミはまだ気づいていない。

 射程に捉えようと後退する先に。
 自慢のヤドが、背後の壁に当たった事に。
 その上で……。

「OK!!」
「あいニャーッ!!」

 大樽爆弾Gを持ち上げた黒猫達が、手ぐすね引いて待っていた事に。
 その後ろで白猫が大樽爆弾にカクサンデメキンの臓器を詰めている事に。
 爆煙に混じる水晶の破片。僅かな光を反射する向こう、振り上げられた腕。

 ぽいっ
 ちゅどーん

「何度も同じ手は食わんニャ」
「ぐっじょーぶ」
 煙が晴れた先、ギザミがゆらりゆらりと目を回す。
 その真下へ、潜り込み、甲殻の隙間を探し、粘着草とネムリ草の汁でけしからんぐらいべとべとになったソードブレイカーを……
「ざくっとな」

 次の瞬間、ギザミが飛び上がり……
「どわわわわわーっ!?」
 
降ってきた。
 そして再びギチギチ言いながら(表情など解らないが)上の空。
「んーむ。けしからんとこ刺してもうたかのぉ」

 そんな哀れなギザミへの、爆弾の雨は止まらない。
 リィはそれを確認しながら、シビレ罠の設置に着手した。

 大樽爆弾Gはカクサンデメキンの肝を用いたポッケ式調合。
 ベースキャンプ近くの池に大量に泳いでいたので、落とし穴に使う予定だったネットで地引き網。

 無数に降り注ぐ爆弾。このまま終わるのでは無いかと思う頃。
 煙の向こうで、何か動いた気がした。
 気がした。それだけ、根拠はない。
「撃ち方、やめーっ!!」
 文字通り巨大な敵を、警戒するに越したことはない。
 煙の向こうの影が、再び飛んだ。
「退避っ!!」
「ニャーッ!」

 天井の、鎧竜の頭骨から水が噴き出す。
 爆発音が無いところを見ると爆弾もろとも退避できたらしい。

 ギザミが天井でヤドを揺らす。
 隙間に挟まっていたらしい水晶の破片が舞う。
 まぶたのない目が、こちらを向く。

 巨体が、降ってきた。
「どええええええええええっ!?」
 それもリィの後方ギリギリ。屈んだ頭を掠めるかどうか。
「え、えーっと……」
 そして、背を向けたまま跳ぶギザミ。
 鎌を折られてもその腕力は健在。
 天井にしがみついたまま器用に方向転換。
 まぶたの無い目に、一瞬自分の姿が見えたと思った瞬間。

 ズシャッ

 飛び退いたリィの横数センチに着地。
 今ので矢筒から飛び出していた矢が折れた。
「あ、あははははははー……」
 そして跳ぶ。天井からこちらを見据えるべく動く。

 敵もまた、やり方を変えた。

「ちょっとタンマーっ!!」
 ランポスどころかケルビよろしく飛び跳ねる巨体。
 ガシャガシャやかましいのはヤドカリか鎧か。
 走る狩人、跳ぶギザミ。
 徐々に確かになっていく精度。

 リィは背後で、破砕音と水音を同時に聞いた。

 そのときの衝撃は、無い。それがなおさらに恐ろしい。
 再び飛び上がったギザミ。駆けだしたときに横目で見た。
 大事に背負っていた弓と矢筒が、今度こそ粉微塵に砕け散った。
 それ以上を、確認する間は無い。

 ちょっとでも気を抜いたら、ギザミが跳んでくる。

 もはやケルビどころかノミもびっくりな飛び跳ね方で迫るギザミ。
 だんだん方向転換の速度も上がり、しまいには横っ飛びで迫る始末。
「反則ーっ!!」
 攻める事も退くことももかなわず、弧を描くように走る他為す術無し。
 設置した罠が、バキリという音を立てて壊れたのを聞いた。

 冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない。
 走れ走れ走れ。回れ回れ回れ。
 ダメージを与えているのはこっちのはずだ。
 相手の体力だって無尽蔵ではないはずだ。

 もっともそれまで、こちらが逃げ切れる保証も無いが。

 ぺちゃりと踏んだそれは、最初ただの水たまりだと思った。
 視界が、ぐにゃりと歪む。
「……あにゃ?」
 途絶えそうになった意識に、聞き慣れた矢束の音。
(あー……やべ)
 躓いて見上げる直前、睡眠薬でできた水たまりを見る。
 天井の巨体は、今まさにリィに狙いを定め……。
(悪ぃ……お姉ちゃん、ここまでだわ……)

 落ちた。

 跳んだのでなく。

 綺麗にひっくり返ったまま。

 刺したソードブレイカーが見えない所を見ると、埋まったか?
「ったく……遅いよぉー……」
 この後、本当なら爆弾を設置する手はずだが、睡魔に耐えきれず大の字に寝そべってしまう。
 その状態で首を真上に向けると、ネットに爆弾を入れて下ろす猫達がいた。
(起爆前に、もう一仕事、だね……)

 ……えっさニャーほいっさニャー……

 それは夢うつつの幻聴だったのだろうか。

 ……いっそげっやいっそげー……

 それが幾重にも聞こえるのは幻聴だからだろうか?

 ……えっさニャーほいっさニャー……
 ……いっそげっやいっそげー……

 ささやき声はしかし、幾重にも折り重なって洞窟全体を包むように。
 忍び足はしかし、幾重にも折り重なって洞窟全体を揺らすように。

 ……えっさニャーほいっさニャー……
 ……いっそげっやいっそげー……
 ……えっさニャーほいっさニャー……
 ……いっそげっやいっそげー……

 そして……。
「ハンターさん、起きてくださいニャ」
 目の前に、看護用キャップをかぶった、アメショ柄の猫がいた。
 その横に、あの足を怪我していた白猫がいる。

 起き上がって見たのは、目の前に積み上げられた樽、樽、樽、樽。
 ギザミが見えないほどの、樽の山。おそらく同じだけの高さがぐるり。
 そしてその周りを取り囲む、色とりどりの猫、猫、猫、猫。

「……ちょいちょい、これはどういう事よ?」
「ネコタク係さんが、ママ達呼んでくれていたのニャ」

「うふふ。娘がお世話になりましたニャ」
 その母猫が向いているのは、ギザミの方。
 後ろ姿は、何を語るか。

「さーさ、着火しますニャ。逃げて逃げて」
 ざっと見積もって百はありそうな大樽G。
 このとき、リィの胸中を、なんとなーく嫌な予感が過ぎったのである。

 ひときわ導火線の長い小樽爆弾が置かれ、薬の抜けきっていないリィは猫に担ぎ上げられる形で退避する。
 そして、着火。

 響くのは地を振るわす轟音。
 余波で何匹か(リィもろとも)吹っ飛んだ。
 煙の向こうに一瞬、腕を振り上げるギザミが見え……

 ガラガラ……
 ガラガラララララッ!!

 案の定落盤。
 ギザミのちょうど真上に、特大の水晶が落ちたのを確かに見た。
 見たというより、それが爆煙からなにからつぶしてしまったかのように。

 どこまでも巨大で頑強だった鎌蟹の、あまりにあっけない最期であった。

「本当に、娘がお世話になりましたニャ」
 キャップを被った母猫の礼に続いて響く感謝の声。
「いやー……そこまで感謝されるほどじゃあ」
 実際、とどめを刺したのは数の暴力だったわけで。
「いいえ、ハンターさんがいなかったら、私たちおびえてるだけでしたニャ」
「アタシ、きっとあのまま死んじゃってたニャ」
 いざこうして感謝されると、実にこそばゆい。
 見渡す限りの猫達に、感謝の眼差しを送られれば、なおさら。
 やはり数の力は偉大だと思う。

「じゃ、この素材は持てるだけ貰っちゃっていいのねん?」
「どーせ非正規ニャ。好きにするニャー」
 幸い、落盤の規模そのものは小さく―それにしては巨大な水晶が降ってきたが―ギザミの残骸を引っ張り出すのに、そう苦労はしなかった。
 ちなみに、あのとき刺したソードブレイカーは上下運動によるものか、体の奥、あわや脳に届きそうな所で見つかった。
 ……あの爆弾の山は、いろいろな意味でやりすぎたらしい。

 何より驚かされたのはその殻の強度である。
「上位なんてレベルじゃねえぐらい堅ぇニャ……」
「こんなのよくやっつけられたのニャー」
 刃の滑らせ方を間違えると、剥ぎ取りナイフの方が欠けそうなほど。
 ソードブレイカーは哀れ、どちらが本来のギザギザか解らぬ程に。

「ほんっとーに持ってっちゃっていーのね?」
「いいニャ。持ってけニャ」
「弓作らないとあかんのとちゃうかニャー」
「う……そうだった」

 おみやげは大量のマタタビとポッケ式調合のコツをまとめたメモ。
 さらには、上位ギザミの素材を持てるだけ。
 もちろん、当初の目的だったのりこねバッタその他も忘れて無い。
 当初のターゲットだったゲリョスの素材も忘れずに。

 が、意気揚々の帰還とはいかなかった。

「すんませんでしたーっ!」
 ジャンボ村唯一の火事場。かつてリィが取ってきた竜頭殻を用いた炉。
 その手前で土下座しているのは、リィ本人。
 そこにはボロボロのバラバラ。
 チップ状と言って良いほどになってしまった残骸が。
 言わねば、誰も弓のそれとは誰も思うまい。

「しっかしまあ、派手に壊したねーぇ」
 幸い、その対象……鍛冶屋のばっちゃんの声は柔らかい。
「ま、ここまで使い込んだら武器も満足じゃろて」
「……はい……あの、それで……」
 そして並べたのは、あの鎌蟹から剥ぎ取った素材。
 パワーハンターボウを作るなら、その甲殻が必要なはずなのだが……。

「んー……作ってやりたいのはやまやまなんだけどねえ」
「ダメ、ですか……?」
 普段世話になっているだけにおずおずとしたリィに、ばっちゃんはさらりと言った。
「強度があわんのよ」
「はい?」
 甲殻は、はぎ取れるだけはぎ取ったはず。

「堅さの次元が違いすぎて、素材が会わせられねーんだわ」
「……はひ?」

「ま、そういうわけだから、ギザミもう一匹だね」
「もうギザミは嫌ーっ!!」

 温暖期の昼下がり。
 ジャンボの英雄の、悲痛な声がこだました。