私の母は調合用の素材集めに狩り場に出ていました。

 私の亡くなった父はハンターとして母を守っていました。

 私のバイト先のお姉さんはハンターになりました。

 私の新しいお父さんもハンターです。

 私の大好きな人もハンターです。

 なのに……

 私がハンターになってはいけないのですか?

   ――『騎士の娘、狩人になる:前編』――

 相反する意志と意見を通すとき、必要なのは共通のルールに則った理由付けです。
 少なくとも自分が主張するルールを伝え、それに則っていることです。

「俺、小さい頃ハンターになるなんて欠片も思っていなかったんだよ」
 そう言うわけで、私と同い年の頃から一人で狩り場を駆け回っていた彼は極めて不利な立場にあります。
 これが私の大好きな人。

 艶やかな蒼い髪。スラリとした四肢。
 神秘的な煌めきを魅せる紫の瞳。
 ややあどけない顔立ちも端正で、どこか気品さえあります。
 大好きな人という贔屓目を抜きにしても……抜きですからね?
 実際この人のお母さん、良家のお嬢様だったそうですからねっ!

 ……と、熱くなってしまいました。話を戻しましょう。

 もしここが、真っ昼間からハンターの酒盛りの声が聞こえる集会所の手前でなければ。
 それこそ例えば、彼の家とかだったら最高なのにと思います。
「どちらかっていうとさ、調合師とかそっちをやりたかったんだ」
 彼の顔が間近で私を見据えています。
 この上も無いほどに真剣な眼差しで。
 ここで緩みかける頬に負けてはいけません。
 この至福の時間が終わってしまいますから、我慢、我慢。

「でさ、当時の教育方針ってその辺に興味の種ばらまいて勝手に拾えって感じで、簡単な調合の素材とかはすぐ手が届く場所にあったんだよ」
 当時を振り返って、軽く溜息。
 私は良い方針だと思いますけれど。
「尽く燃えないゴミにして、こりゃダメだと思ったね」
「燃えないゴミにも需要はありますよ」
 錬金術とか錬金術とか錬金術とか。
 お姉さんに仕送りしに行く姿をたまに見かけます。
「だからそうじゃなくってよー……」
「そうじゃなくて、何ですか?」
 ここで小首を傾げて可愛い子ぶってみます。
 相手の冷静さを奪うのも立派な戦略です。
「……俺みたいに、なってもいいの?」
 ほら来た。

 彼が指さした右頬の、化粧で誤魔化した下にある大きな火傷。
 いわゆる切り札でしょうか。
 ここでお揃いならいいとか言うと漏れなくビンタを頂いてしまいます。
 でも、いいですよね。揃いの傷。
 その傷を飛竜の翼に見立ててフェイスペイントしたんだそうで……。
 彼がリオソウルでお姉さんが普通のリオレイアです。
 私がつがい役のリオハートをいただいて……うふふふふふふふ……。
「マイラ……ヨダレヨダレ」
 はっ!?
「……で、でしたらそうならないよう、ご指導頂きたいんですっ!」

 そう。私、マイラ=グローリーがハンターを志す理由は一つ。
 一分でも、一秒でも長く彼と一緒にいるためなのですから!

「じゃ、まず先輩から習っとけ」
「それが無理だから頼んでるんです」
 頑固な父はダメの一点張りです。
 睡眠効果を持つ鈍器まで買い与えておいてそれはありません。
「……いや、俺は人に教える柄じゃ無いから」
「でも、お母さんと一緒に出かけていたんでしょう?」
 十歳の頃から。一人立ちは十二で、私はもうすぐ十三です。
 彼はまだ十七歳ですが、最上位ハンターでギルドナイト。
 いわゆる天才という奴です。当人に自覚は無いようですが。

「最初の狩り場で、アプケロスに半殺し」
「はい?」

「その次はランポスに頭噛まれそうになって、その次はファンゴに踏まれそうになって、あとゲネポスにマヒ貰って喉やられそうになって、一番酷 いのだとやっぱリオレイアに掴み上げられた事だなー。あの時は流石の母さんも真っ青で二人して墓まで持って行こうって……まあ一緒の墓入っちまったけど。 あとディアブロスと突進くらいそうになったことも……あー、別件で脇腹に蹴り貰って、肋骨粉砕と内臓やられたな」
 ちなみに最後を覗く殆ど未遂で済んでいるのは、直前でお母さんが切り捨てたんだそうです。

 ……うかつでした。
 天才というのは往々にして、誰かに物を教えるのは不得手というものです。

 どうして助かったのかも話してくれたはずですが、その羅列は私の思考を何処か遠くへ飛ばすのに十分でした。
「マイラ」
 私を呼ぶ声と、肩に置かれた彼の手も、私を引き戻すのに十分でした。

 その彼が、あっけらかんと笑って、言ったんです。
「お前を助なかったら、ハンター辞めてたかもな」
 その目が、凄く優しかったです。

 ……好きになってしまうわけです。

 そんな恐い思いをした後なのに、見ず知らずの私を助けに舞い降りて来たのですから。
 その時の彼が、一番素敵でした。
 今思い返せば、白い羽毛がが舞ってます。
 ……その感動を共有したのが、通り魔さんというのも妙な話ですが。

「教えて貰うなら先輩の方がいいよ。俺より強いし、努力もしてる」
 その先輩……つまりお父さんが一番反対している人なんです。
 ですがさっきの顔を思うと、それ以上何も言い返せませんでした。

 それにしても、最悪です。

「はははっ。それでしょげていたのか?」
 その帰り道で、何故お父さんと鉢合わせねばならないのでしょう?
 本当はさっさと集会所の人混みに紛れてしまった彼の愚痴でも零したいです。
 ですがこの人も父親の自覚は立派なもの。
 彼を悪い虫扱いされるのは我慢なりません。
「十代で最上位に上がって、奢りの欠片も無いのは立派な事です」
「それは当然だろうな」
 ……杞憂だったようです。
 お父さんと彼の仲が険悪になるのは私も望む所ではありません。
 二ヶ月前、彼に文字通り蹴倒されたと聞いたときは正直不安でしたが。
「最初の通過儀礼みたいなものがあってな。なまじ強い分徹底的にやった」
 ……どうやらそうでもなさそうです。
 とはいえ、どれほどなぶられても眼光鋭く父を睨み据える彼……。
 それはそれで素敵……ととと、いけないいけない。

「ま、アイツの場合家族に年中鼻っ柱へし折らルフォァッ!?」
 おやすみベアで一撃。
 とりあえず、仇は取っておきました。

 友人が増え始めたのは、彼と出会った後です。

 例えば今、喫茶店の窓際席。
 私の向かいでパフェを頂いている若葉ネコのミケ姉さん。
 彼の後を追いかけて闘技場の前をうろうろしている時に知り合いました。
「あらあら。じゃあ結局二人に逃げられちゃったわけね」
 下手な人間より礼儀正しいのでお手本にしようとしてますが、なかなか上手くいきません。

「大人はずるいです。彼もそうなってしまうんでしょうか」
「でも、ディ君は仕方ないのかもね」
 ……とりあえず蒼火竜と心通わせるように寄り添う彼は素敵でした。
「マイラちゃん……ヨダレ」
 は!?
 いけませんいけません……またです。

「あの、仕方がないとはどういうことなのでしょうか?」
「恐いのよ」
「はい?」
「ディ君、ご両親亡くして、お姉さんも辺境行っちゃったでしょ」
「はい」

 私もたまに思います。時折見せる憂いはそのせいなんじゃないのかと。
 原因は、私の両親のそれと同じです。
 ……本当に同じ境遇になってしまうと、運命とか言えないものですね。
「ホムラ君と一緒にいるのを見てると思うの。家族とか、そう言うの亡くすのが恐いんじゃないかしらって」
「私はホムラ君と同じレベルですか」
「胸を張って良いレベルだと思うけれど?」
 家族も同然の扱い。先ほどの彼の話と合わせればこれほど嬉しいことも無いでしょう。
 ですが、相手は幼いと言えども蒼火竜。

「だからです」
「はい?」
 私は、所詮脆弱な人間です。
 もし彼が誰かを失う事を恐れていると言うのなら……。
「彼が背中を預けられるぐらい、強くなりたいんです!」
「マイラちゃん……」
 口に出したら、止まらなくなって、気が付いたら、テーブルに拳を打ち付けて……。
「心配されてばかりの、お姫様は嫌です!」

 叫びました。

 私、どんな顔して話していたんでしょうか?
 周りの視線が注がれます。
 どうしてミケ姉さんは穏やかな顔で笑っているんでしょうか?
「ふふ。頑固ねぇ」
「……ジャッシュ=グローリーの娘ですから」

 私も、それに恥じない強さが欲しいんです。

 勿論その為に座して待つばかりでは能がありません。
「ヌハハハハ! 今日も時間通りだな!! 正確なのは良い事だ!!」
 訓練所の教官です。典型的なごっついおっさんです。
 彼はまだ帰ってません。
 お父さんは非番が昨日終わりました。
 私は朝から訓練所です。
 せっかく貰ったおやすみベア、使いこなせなければお父さんに悪いです。
 まあ、主にぶん殴るのはお父さんですが。

 私のバイト先の先輩……彼のお姉さんなんですけど、ハンターになる前から訓練所に通っていたんです。
 幸いにして、バイト代は父の給与を上回ります。
 狩りによる収入があるという理由で、ナイツが薄給なのは置いときます。
 とりあえず今は……さっさと訓練にうつりた……。
「君さえよければ、ミケ姉さんが狩り場に同伴してくれるそうだっ!!」
「!?」

 い、いいいいいい今、何て言いました!?
「君の熱意に、我が輩が保護者欄に記入してやろうではないかーっ!!」
 基本十四歳未満がドンドルマで正式に認められるには保護者が必須です。
 彼は十四になったとき改めて登録しなおしたそうです。
 ……おっさんより彼がいいです。
「更に、万全には万全をと言うことで非番のナイト一名の同伴だっ!!」
 ナイト……ナイトって言いました今!?
 そのナイトが彼でしたなんてなったら……!!

 おっさんを殴り倒して、保護者欄に彼のサインを頂きます。

 期待に胸を膨らませて……彼はどっちが好きでしょうか?
 と、ともかく、うきうきと待ち合わせ場所に来た私を待っていたのは……。

「やっほ〜マイラちゃん」
 ミケ姉さんと、金髪で、へらへらの、赤い皮鎧のお兄さんでした。
「……ちっ」
 ラウルさんと言います。
 お父さんの同僚で彼とはナイトになる前からのご友人。
 ですが、正直苦手です。
 軽薄そうに見えるからでしょうか?

「ねえ、何か僕酷い事言われたような気がするんだけど?」
「ラウル君の場合、言われても仕方ないと思うわ」
 とりあえず一緒に行くので握手ぐらい。

 ちなみに赤い鎧と言いましたが、頭はナイトの正装です。
 フルセットで着るのは身分詐称にあたり、非番の人でもダメだそうです。
 上半身補強されててもほぼ服。腰回り同様。
 ……両手足を覆う真っ赤な籠手が、妙に浮きます。

 さて、このまま狩り場に直行と言うわけにはまいりません。
 その辺の身の程知らず共と喧嘩する私を見かねてお父さんが買ってきた訓練所用の「ちょっと丈夫な黒い服」も狩り場で通用するとは限りません。

 限らない……はずなんですが。

 青い空。白い雲。酷暑の余韻を残す太陽。
 そして広がる白い砂浜と切り立った崖。

 そこに、いつもの服を来た私がいました。

「あ、あの、幾らナイト同伴と言っても、これは軽装すぎるのでは……?」
 受付のお姉さんは何も言いませんでした。
 ハンターのみなさんからはいよいよ初陣かとひやかしと激励を半々に頂きました。
「いやいや、軽装どころか」
「ここにはもったいないぐらいの重装備なのよ、それ?」
 はい?
「兜も被って無いんですけど……?」
「それ、イエローピアスって言うれっきとした防具」
 ピアスとは名ばかりのイヤリングぐらいなら、まだ許せたんです。
「だって、これ普段着では……?」
「ヒーラーUって言う、歴とした上位防具よ?」
 ベルトも水竜のヒレを使った物と解り、靴の飾りは爆走珠と呼ばれる、狩人用の装飾品。
 纏めてみると以下のようになります。

 頭:イエローピアス(加護珠2個)
 胴:ヒーラーUベスト(加護珠2個)
 腕:ヒーラーUカフス(親愛珠)
 腰:ガノスSフォールド(加護珠1個)
 足:ヒーラーUソックス(爆走珠)
 スキル:ランナー 広域化+1 精霊の加護

 占めて材料費抜きで58650z也……って、待って下さい。
 子供の喧嘩に親が出るレベルじゃありません……。
「これって、やってもいいのかしら?」
「ガノス以外飛竜の素材を殆ど使わない辺り抜け目が無いと言うか……」
 こんな装備でガチンコの殴り合いしたら、勝って当然じゃないですか……。
 ていうか、家計やりくりしているのは誰だと思ってるんですか……。
 まだ、まだ冷静でいられました。まだ……。
 恩恵はあくまで私でしたから……から……。
「でもヒーラーUソックスにベルトって、ジャッシュ……ミニスカフェチ?」

 ……殴り倒して良いかクソ親父。

 お父さんへの恨み言も程々に、初めての狩りに挑みます。
 密林の名に相応しく鬱そうと茂る木々。
 その向こうで草を食む灰色の小山がちらほらと。
 草食竜のアプトノスさんが最初の獲物です。
 力があって大人しいので、バイト先では優秀な荷物持ちの竜さんです。
 ……ですが、今は狩りの獲物です。
「マイラちゃん」
 早速腰の剥ぎ取りナイフをと思ったとき、裾を引く緑の手。
「使うのは、これ」
 おやすみベアを持ち上げる、赤い籠手。
「……撲殺、ですか?」
「剥ぎ取りの時、切れ味落ちていたら結構悲惨だよー?」
 こんな事なら市販のハンマーでも購入しておくんでした。
 初陣がクマのぬいぐるみだなんて……いえ、でも、仕方在りません。

 ゆったり動く灰色の体、細い首、小さな頭につぶらな瞳。
 草をもしゃもしゃしながら私を真っ直ぐ見つめています。
 ああきっと、私が危害を加えるなんて思って無いのでしょう。
 私だって、今の姿にとても気迫があるとは思えません。

 手が重い。
 震えているわけではないんです。
 ただ、動かないんです。

 私は、これから、無抵抗な、この子を、狩る。

 おやすみベアは見た目と裏腹に、それなりに重いです。
 叩きつける部位である額には、クリスタルが埋まってます。
 芯を捉え、骨を捉えれば多分へし折れます。
 痛いのでしょうか? 苦しいのでしょうか?
 ……怨むの、でしょうか?

 これには、叩きつけることで微弱ながら睡眠毒が回ります。
 どうか、せめて……。
「ごめんなさいっ!!」
 夢の中で逝ってください……!

 ゴッ……!

 くぐもった、でも確かに何かが砕けた鈍い音。
 武器を伝い腕を伝い、胸を伝ったその感覚。
 ゆっくりと倒れる、灰色の巨体。
 重さに振り回されて、やはり倒れる私。

 いつもの訓練通り、お父さんには絶対やらない方法で振るっただけなのに。

 そのまま、暫く動けませんでした。

 いつもやってる事なのに。

 いつもやってる動きなのに。

 ……何故こんなに、一挙一動が重いのでしょうか?

 私の横にはアプトノスさんが倒れています。
 寝ているのか、亡くなっているのかは解りません。
 ですが、でも……これで終わりでは無いんです。
 まだ、やらないといけないことがあるんです。

 ラウルさんも、ミケ姉さんも、何も言いません。
 一緒にいたはずのアプトノスさんが逃げていく足音が聞こえます。
 ……私、一人です。
 体を起こします。アプトノスさんのお腹は上下していません。
 この子はもう、生きていないんです。
 だから……剥ぎ取りナイフに手をかけて、抜いて……。
 やり方は、本を読んで知ってます。
 お腹に、手を当てて、お肉、お肉、お肉ですから……。
 ほら私、こんがり肉大好きじゃないですか。ね?

 ぷつっと刺した瞬間、ピュッ……。

「……いっ」
 じわじわ……赤い色で濡れていきます。
 濡れて、濡れて、濡れて。
 なのに、ここで気絶できるほど、私の神経は細く無かったようです。
 むしろ、固まってしまったんです。決意が。
 もうダメなんです。もう引き返せないんです。
 彼がどんなに哀しい顔をしても、お父さんがどんなに反対しても。
 ここで引き下がると言うことは、この子の命が無駄になると言うことなんです。

 ナイフがアプトノスさんのお腹に、根元まで埋まった所で、赤い手が添えられました。
 ……ラウルさんのおかげで、初めての剥ぎ取りはつつがなく終わりました。
 黒い服は意外と血を吸いません、払えば落ちそうです。
 でも、やってしまったんですね……私。
 お肉を切り取った下から、傷の無い内臓がつるんとこっちを見てました。
 このお肉も、この内臓も、この皮も、みーんな、使われたり土になったり。

 まだ剥ぎ取れたので今度は自分でやってみたのですが、上手く行きませんでした。
 ミケ姉さんなんて私よりずっと手際がいいです。
「実家が牧場たったから……でもやっぱり最初に屠殺を見たときはショックだったわ」
 今では慣れっこですか。
 私も、いつかそうなるんでしょうか。
「ラウルさんは、どうだったんですか?」
 んー。と、悩んだ姿がなんだか凄く身近に見えて……。
「僕は最初の剥ぎ取り、人間だったからねー」
 ……やっぱり聞かなかった事にしました。

「んじゃ、向こうにいるのも狩ってみようか?」
「はい?」
 向こうにも一家族、何事も無かったように草を食べてます。
 夫婦と、子供。
 殺傷から剥ぎ取りまでの流れを、見ていなかったのでしょうか?
「飢えてないのに狩りをするのは、基本人間だけって事」
 ……そう言うことですか。

 呼吸を整え、息を整え、私は今、ランポスなんかよりずっとおっかない捕食者。
 走る。武器を振り上げる。もう立ち止まる事はありません。
 気合いの代わりに、軽く息を吸う。
「はっ!!」
 足を踏み込む、振り下ろす。骨が砕ける、確かな感触。
 私は狩人、相手は獲物。それ以上でも以下でもない。
 今度は倒れたりしません。そのままの勢いで、隣のもう一体。
 残った勢いで大きく踏み込んでもう一回転。

 ド……ッ

 砕けるのではなく、明らかに打ち据えた音。
 目の前に立ちふさがる、灰色の巨体。
 その向こうに、逃げていく小さな灰色。
 脇腹にクマのぬいぐるみを叩きつけられた親。
 光景としては滑稽だけれども、仕込まれた睡眠毒が効いたのか、ゆっくり、倒れていきました。

 ……遙か向こうまで逃げたその子が、一回だけ振り向いた。

 ジャコッ……!
「!」
 ぱこっ
「……?」

 銃を構える独特の音。間髪入れず響いた気の抜けた音。
 振り向くと、ラウルさんがうつぶせでぶっ倒れていました。
 転がってる真っ赤な大筒はこの人の武器です。
 横に立っているミケ姉さんの手に、黒猫の手を模した「メラルーガジェット」があります。
 前に弄ってしまいましたが、あれ痺れるんですよね結構。
「子供まで狩る事無いでしょっ!!」
「ぇ……ぇー……?」
 ナイトでも、醜態を晒すことはあるんですね。
 さ、剥ぎ取り剥ぎり。

「……子供逃がす派にしちゃ、意外と割り切るねぇ」
 ラウルさん、もうちょっと寝てても良かったのに。
 そう思っておやすみベア叩きつけようとしたら砲身で防がれましたが。
 やはりお父さんもわざと喰らってるんでしょうか?
 でも昏倒は本当にしているみたいですし……むむー。

 流石に、三匹目を解体する頃には大分慣れてきました。
 その……血のなま暖かさとかそんなのに。
 ただ、そうして生まれた余裕のお陰で、気付いたことがあります。
 ナイフを当てる前に、両手を揃えて……。

「いただききます」

「そういえばアレやるの?」
「もちろんやるでしょー?」
 さて、ミケ姉さんとラウルさんが言わんとしている事は解ります。
「肉焼きですね!」
 万焼きセットは常備!
 お父さんのお弁当を焼いている腕前、とくとご覧あれ!!

 完璧にこなしすぎて、つまらないと言われました。
 ラウルさんはともかく、ミケ姉さんにまで……。