ギルドナイト……最上位ハンターより抜擢される対ハンターの治安部隊。
それ故であろうか、狩人と騎士の側面を持つ。
勿論俺自身狩人として狩り場を駆ける事を忘れたわけではない。
だが騎士の名誉と使命を重んじていたのも事実だ。
事実だったが……正直当時の自分を恨めしく思う。
着任早々、のちの筆頭はこう言った。
「非番の時狩らんと生活ままならんからそのつもりで」
――『ナイトの心得』――
小さな孤児院の入り口。その入り口に立つ、黒髪の少女。
まだ九歳のこの子は母の危篤を知った時、自分からここに来たのだと言う。
この子の父は狩人だった。両親を相次いで失った少女の目は、冷めていた。
母親によく似た赤紫の目は、こんなに冷たい色ができたのかと。
「君が、マイラちゃ……」
「こんにちは、愛人さん」
「愛っ……!?」
俺が彼女と出会ったのは旦那さんが亡くなった後だが……やはり一緒だろうか?
「……ホントに堅物」
「は、ははは……」
着任当初は何とも思っていなかった。
ハンターの収支は使うとき派手に使うが、使わずに済むときはとことん使わない。
最上位に五年もいれば金に対する興味など、とうの昔に薄れてしまう。
……麻痺していたのだと今なら言える。
人を愛し、共に生きることを考えた時点で解り始めていた事だ。
それでも良いと言われたときは嬉しかった。年甲斐もなくはしゃいだ。
そんな彼女を、病魔はあっさりと奪っていった。
独り身に戻っても良かった。情けない話、養われる側になるのはどう逆立ちしても俺だ。
彼女が、騎士としての俺を愛してくれたからこそ通じた無茶。
そして俺にも、彼女に愛された騎士であると言う誇りがあった。
プロポーズの時、俺は彼女の愛した全てを守ると誓った。
仰々しく跪いた俺に向けられた笑顔を、まだ覚えている。
【ナイトの心得その一・清貧であれ】
「……ふっとぶ」
俺の給与三ヶ月分。娘の学費で。
「学校辞めようか?」
「い、いや、そんなわけにいかないだろう!?」
彼女の収入、単純比較して俺の三倍……調合師って儲かるんだな……。
「どうせ病気持ちって苛められるだけだし」
「……!」
幸い「給与の」三ヶ月分であり狩りのそれは含まれていなかった。
学校には行かせた……それがこの子にとって幸せなのだろうか?
この子を守っているのは騎士の誇りでなく圧力ではないのか?
彼女の残した鉢植え二つに水をやる後ろ姿は、何も教えてくれない。
何はともあれ稼がねばならない。だが無茶な依頼もできない。
今やこの双肩に二人の生活がかかっているし、大物になれば事前準備が必要になる。
報酬と比べれば微々たる額な事もあれば足が出る事もある。
いや……採集ツアーに出る余裕はないのだ。
金より物の不足が問題になるのは火を見るより明らか。
それらの調達も一度のクエストで済ませなければ。
非番だからと家にいては何時引っぱり出されるかなど解らない。
勿論、拒否できるような生半可な事で無い。
……言い訳じみて来たな。
そんなわけだから、精算対象の納品を狩り場で出来るようになったのはありがたかった。
乱獲が問題視されていたが、案外取らずに済ませるハンターも多いらしい。
反対派だった俺がありがたがるようになるとは……皮肉な話だ。
それからだ。狩りの密度が濃くなってきたのは。
「どけどけ黒猫共おおおおおおおおおおおっ!!」
「ニャギャーッ!」
「フギャー!」
思い出すのは駆け出し時代。
調子に乗って装備を強化しまくって契約金すら払えなくなっていたあの頃。
無論、充足を感じる暇など欠片も無いのだが。
「恐怖の運搬やもめがまた来たニャ……あ、バサル」
「邪魔じゃあああああああああああああああああっ!!」
「ピギャーッ!」
「踏み越えて行ったニャーッ!?」
一回のクエストにつき目標金額、取引価格抜きで二万。
飛竜はまず泣かす。卵は必ず一つは持ち帰る。
納品の時間短縮に戻り玉とその素材は忘れない。
……同僚に生態崩すぞと言われてからは、もっぱら火薬岩にしている。
娘の焼いた魚が美味い。
【ナイトの心得その二・常に弱者の味方であれ】
俺が任務から帰って見たのは、ほつれた服に針と糸を通す娘の姿。
時折手が止まる所を見ると、はかどってはいないらしい。
それだけであれば、父としての義憤も沸くんだが……。
「どうしたの、お父さん?」
あまりにあっさり父と呼ばれるのも、複雑な心境だ。
心を開いてくれないのも辛いのかもしれないが、これもこれで。
「マイラ……一つ聞いていいか?」
何があったのかは解っていた……結局俺は守れないのだ。
所々すり切れ、泥で汚れた服。今日は、どこか見学に行くそうだったから良い服を着て。
いやしかし、その前にだ。
「この折れた針は何かな……?」
……お願いだ。頼む。そんな事するような子には……。
「硬化薬飲んだ」
日常でなんでまた……。
「鬼人薬で大怪我させたら割に合わないって、調合師さんがくれた」
その翌々日、泥団子をぶつけた相手に対し、強走薬を飲んで猛追撃したそうな。
相手は本気で泣き叫んで母親に助けを求めたらしい。その母親も怖じ気づいたとか。
俺はその調合師に礼を言うべきか、それとも文句を言うべきか?
数日後、娘のバイト代が、俺の給与を上回る。
あくまで給与。収入その物は……うん。そのものは。
【ナイトの心得その三・高潔であれ】
事情を察してか、その頃を境に仕事の内容が変わった。
端的に言えば遠出の仕事が減り、近場での仕事が増えてきた。
「で、俺は死なない程度にいろと?」
勿論それだけで済まされるはずもない。
「だって現行犯捕まえたいし」
砂漠地帯へと向かう馬車の上。
今日の同行者は深紅のスーツを着たヘビィガンナーのラウル。
自称二十四歳なんだが……俺が着任する前からいるような気がする。
「採集物は貴方の物にして構いません。飛竜と遭遇した場合は自分で対処して貰いますが」
黒い燕尾服に傘を弄んでいる銀髪の女、イリス。
神出鬼没な筆頭の副官。たまにこうして現場に出てくる。
ちなみに俺は鈍い銀色に光る、肩が鋭角にせり出した鎧。いつもの狩り装束だ。
採集用の装備はあるが……流石に任務だ。戦闘には備える。
何でも、採集ツアーに誘って後から身ぐるみを剥いでいくのがいるんだとか。
生き残りメンバーが固定されている時点で勘づかれないはずも無いだろうに。
小物相手なら、砥石も弾薬もそう消費しないだろう。
……もったいないから素手でいい。
採集出来る限りした頃だったろうか。
パンパンに膨らんだアイテムポーチを確認してから卵の納品でもしようかと思っていた。
キャンプに戻るならそっちの方が効率が良かったのだが、仕事中は不味かったか。
「ほい、おっさんストップなー」
囲まれてしまった。
周囲に三人、ライトボウガン一人、太刀一人、ガンランス一人。
スピード重視に守りと遠近両用、対人としては悪くない組み合わせか。
俺の両手は、卵で塞がっているので関係ないが。
「よく見たら結構良いモン着てるじゃんか?」
落として応戦も可能だが……コレ一個が馬鹿にならんわけで。
砂漠ではこの手の収穫に乏しい。どうせなら密林にでもしてくれれば良かったろうに。
そこで気が付いた。
「お前達、随分ポーチが膨らんでるな」
「そりゃあなあ」
「俺達採集ツアーに来たんだもんなぁ?」
「んで、アンタの最終ツアーってなあ」
ふむ、これだけ全部精算品と言うことはないだろうが随分と手慣れている。
恐らく補充用のカラの実や砥石その他もあるやもしれん。
……卵一個よりは良さそうだ。
それらの勘定を終わらせる頃には、三人とも睡眠弾でぐっすり夢の中。
腕のいい狙撃手がいるとこちらの仕事がない。
「でも本当に卵運搬するなんて思わなかったー。当たったら、これだった?」
そんなことを言いながら首の下を指をで切るラウル。
「どうやら彼等も随分と集めていたようですし、このまま納品しましょう」
副官殿が思ったより話の分かる人物なのは意外だった。
俺はともかく、二人は本来ここに居ないはずなのだから、全部俺に入る事になる。
「すまんな……」
「どうせ子持ちなんてそうそういませんから」
「でーもこの光景はどっちが追い剥ぎだって話だよね〜」
繰り返すようだがナイトは基本、薄給である。
【ナイトの心得その四・己の責務に誇りを持て】
「この人が助けてくれたの」
あってはならない事が起こった。起こる所だった。
街の路地裏。大の字に倒れている、赤い鎧の女。
小さな羽のついたヘアバンドと、開けた胸元から背にかけて伸びる同じ意匠。
レウスSと呼ばれるそれだ。
「お……遅ぇぞ……ナイトのおっちゃん……」
その横で、汗まみれで座り込む私服の少年。
娘の言葉がなければ事の判断に悩む所だっただろうな。
この少年が何をしたか、娘から聞いても当初は信じ難かったが。
ここ数日、通り魔が多かった。
気配を絶つのが上手いのか、なかなか尻尾を掴めずにいた。
ギルドの周辺を重点的にまわっていた。油断しきっていた。
被害者の大半がハンターだった。
だが……娘が巻き込まれない保証など何処にも無かったのだ。
「そしたら空から降って来たの。凄かったです〜……」
恍惚とした表情で語る活躍は、少々の誇張も混ざっていたと思う。
確かにあの少年はハンターとしては大分鳴らしていたようだが……。
あの少年が、今や娘のナイト様らしい。
空から舞い降りた王子様か。
……悔しいな。
子供らしさの先にいるのが、自分で無いというのは。
それも仕方がない。結局、俺は何も出来なかったのだから。
「なあ、マイラ……」
「ああいう人がナイトになればいいんです」
「じゃあ、代わりに父さんが辞めていいか?」
騎士のままでは満足に養えない。それどころか守れなかった。
誇りにしがみついて、大切な者を失ってしまったら元も子もない。
「ダメ」
「だが……」
「お母さんは、ナイトのお父さんが好きだったんのでしょう?」
この日、おやすみベアを衝動買いする。
最初に殴られたのは俺だった。
【ナイトの心得その五・過去を振り払うべし】
娘と暮らすようになって二年。結局あの時ほどのはしゃぎようは見せてくれなかった。
そんな娘も、火傷に怯える姿はまだ十二歳の少女だ。
「大丈夫、薬を塗ればすぐに消える」
帰宅時間の安定しない俺のために、夕飯を用意しようとして火傷をした。
ここまでは子供らしいよくある話。問題は、跡が少し残っている事。
「病気じゃないですよね?」
「ああ。そうだとしても薬はあるから大丈夫」
それでも、きっと恐いだろう。
この子は、母親の最期を見たのだから。
「今夜は、一緒に寝ようか?」
「ロリコン」
「がふっ……」
−今ここから医師がいなくなれば、彼等は死を待つしか無いんだぞ!!−
失意の中、「おやすみベア」に殴られて見た夢は人生最悪の悪夢だった。
「……」
彼女を殺したのは誰だ……?
中央に戻ろうとしなかったあの医師か? 後任を寄越さなかった中央か?
それとも、どちらもさせることの出来なかった……。
違う……これは嫉妬だ。最後まで己の誇りを貫いた男への。
「布団、入って良いですよ……」
「いやいや、レディにそれはまずいだろう」
今は、ただ……この子の為に。
数週間後、任務中に後輩と意見対立の後、文字通り蹴倒される。
中身は村の安全か、あの「病」の芽を摘むか。
前者を取った村のハンター、後者を取った俺。どちらもなんとかしたいと言った後輩。
彼の青さが正しかった。かいつまめばそんな話だ。
……ちなみにその後輩は、例の王子様で、娘は三日ほど口を聞いてくれなかった。
俺だってそこまで簡単に人を斬ったりせん。
何だかんだで追い詰められていたと今なら言えるが。
恨んではいない。
娘が口を聞いてくれなかった事も、後々合流してきた後輩の姉に射殺ギリギリの矢を射られた事も。
その後輩が今、病院のベッドで寝ている。
街の奥まで入り込んだテオ・テスカトルに単身挑んで。
「すまない。何も出来なかった」
挑まざるを得なくなって。
顔の右半分を被う包帯が痛々しい……。
「あー良い良い。コイツ十二でフルフルに特攻かますような奴だから」
弟も弟なら姉も姉で単身古龍を下すような女傑だったりする。
「しっかしまあ……よりによって、顔とはねえ」
この姉弟もあの「病」で両親を失った。
免疫機能が負けた後に出来る火傷のようなケロイドから「火怨病」と呼ばれている。
彼に懐いていた娘が、怯えたりショックを受けたりしなければいいが……。
「ま、大きな街だしファンデーションぐらい売ってるでしょ」
娘といい、この姉といい、生き残った人間はしたたかになるものなのか。
「所で、俺は暫く家に戻る余裕が無いんだが、娘がいても良ければうちに来てくれないか?」
「んー、いいのかい?」
それとも、このしたたかさが彼女たちを生き残らせたのか。
娘は、病院の入り口で待っていた。彼の愛騎と一緒に。
「ディ君、大丈夫ですか……?」
「ああ、今は寝かせてあげよう」
彼の今後のハンター生命に支障はない事を伝えると、その場で崩れ落ちてしまった。
ここまでくると、嫉妬を通り越して微笑ましいな。
「あれー? ひょっとして、マイラちゃん?」
「?」
そこで、言葉を発した姉に首を傾げる娘。
擦れ違うぐらいならあってもおかしくはないが……。
「んー、髪を染めて切っちゃったらわかんないか」
「あ、調合師のお姉さん!!」
思い出すのは、娘のイジメの現実と強さを見たあの日。
−鬼人薬で大怪我させたら割に合わないって、調合師さんが−
娘に変なこと吹き込んだのはお前かーっ!!